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11-10:ハインラインの過去 中

「あのな、俺はお前を無視しているわけじゃないんだ。むしろ、厄介にすら思ってる……行く先々に行く嗅覚があるし、まさか超音速機動に対処してくるだなんて思わなかったからな」

「それじゃあ、私を消したほうが楽じゃない? どうして殺さないの?」

「それは……もちろん、誰振り構わず殺したくないというのもあるが……」

「アナタの気に食わない所はそういうところよ。戦場で敵に情けを掛けるなんて、やってはならないことだわ。別に、アナタはそれでいいかもしれない……だけど、トドメをさせる敵を見逃すことで、アナタの仲間がやられるかもしれない」

「それは、確かにそうだが……」

「でも、改めるつもりはないと?」

「あぁ、改めるつもりはない」

「ふぅ……やっぱり気に食わないわ。アナタのような甘ちゃんは、本来は戦場に立つべきじゃない。日の当たる場所で、のうのうと生きていれば良かったのよ」


 腕を組んだまま、リーゼロッテは吐き捨てるように言った。しかし、なんとなくだが――彼女の「気に食わない」には、言葉以上の意味が込められているように思う。


 そして概ね、ここまでべスターの記憶を追ってきた体感的に、自分とオリジナルの感覚がズレることは無い。つまり、オリジナルもリーゼロッテから、悪意だけでない複雑な感情を読み取っているに違いなかった。


「俺がアンタを殺したくない理由は、もう一つある……俺は、アンタに感謝しているんだ」

「はぁ? 頭でも打っておかしくなった?」

「頭は打ってないが、おかしいとはよく言われるよ……リーゼロッテ、アンタは初めての任務の時、俺のことを心配してくれたんじゃないか?」

「……どうしてそんな風に思うの?」

「あの別荘地を音速で抜ける前のアンタの態度……アンタ、人殺しをして動揺している俺をことを案じてくれていたんじゃないかって、そう思ってな」


 オリジナルの言う通り、あの時のリーゼロッテは――いや、この時ですら、虎のことを案じているようにも見える。それならば敵対などしなければ良いと言えばそれまでだが、互いに立場がある。さっき感じた彼女の複雑な感情は、敵対するオリジナルの身を心配している所からきているのかもしれない。


 とはいえ、それを認めるほど安い女ではないということだろう、リーゼロッテは無感情な声で「覚えていないわ」と答えた。


「それだけじゃない。行く先々に居るアンタは確かに厄介だが、悪い奴とも思えないんだよな……だからまぁ、行く先に顔なじみがいる安心感があるというか」

「何よそれ、私が居ると安心するっていうの? 滅茶苦茶に癪だわ」


 リーゼロッテは露骨にイヤそうな顔をしている。こういう所作はなんだかエルに似ている――いや、エルよりもやや高圧的な感じはするか。この辺りは、彼女がオリジナルを坊やと呼ぶところに起因しているのかもしれない。実際彼女の方が年上であり、精神的にも彼女の方が成熟しているが故、エルと比べて態度が大きいようにも見える。


 少しの間、無言の時間が流れ――リーゼロッテは木に体重を預けたまま「ねぇ」と切り出す。


「アナタ、ACOを抜ける気はない?」

「あぁ、そのつもりはない」

「理由は?」

「言うと思うか?」

「いいえ、思ってないわ……でも、それなら私は、DAPAを抜けるわけにはいかない。アナタはその手を血で染め続けることになるから」


 女はそこで言葉を切り、枝の間から覗く鈍色の空を見つめ始めた。


「私は物心ついた時には紛争地帯に居た。孤児だった私を現地のゲリラが拾ってね。待遇はお察しだけれど、彼らは猫の手も借りたい状態だったから、慰み者とされる傍らで少年兵として戦わされていたの」

「第三世代とか?」

「えぇ……だから私は、第五世代型のことも好きではないわ。第三世代型と同じように感情もなく、ただ正確に、無慈悲に侵略を繰り返す……第三世代型にも三原則はあるけれど、それは正当な市民権を持つ者に対してのみ働く。敵対するゲリラに関しては、その限りではなかったから……私は鉄火の音を子守歌代わりに、人形遊びの代わりに引き金を引くことで育ったの。

 生きるために必死だった……そして運良く生き残り続けた私は、最終的に傭兵団に拾われたわ。それも、DAPAお抱えのね」


 女は視線を降ろし、カメラの方を真っすぐに見据えて微笑みを浮かべる。


「意外って顔をしているわね? まぁそうよね、私は幼いながらに、DAPA製のアンドロイドと戦っていたのだもの。でも、彼らはそのデータを欲しがったのね……私のような娘が対抗できるのなら、第三世代型の弱点が何かあるはずだと。

 あとは、私が倒していたのは人間でなかったという点も大きかったのでしょう。もし人を相手にしていたのなら、恨みを買っていたでしょうから……彼らは自らの兵器のブラッシュアップのため、私を拾ったのよ」

「実際、何か弱点を掴んでいたのか?」

「足音がうるさいとか、物陰に隠れれば意外と攻撃されないとか……ここに関しては、サーモグラフィーに引っかからないからだけれど……あとは動きがパターン化されていて読みやすいとか、そんなことを伝えたわ」

「なんだそりゃ。出来れば苦労しないやつじゃないか」

「えぇ、アナタと同じでね……いいえ、アナタの方が、足音を消している第五世代型の居場所を正確に察知できる分、私としては信じられないけれどね。

 ともかく、データとしてはあまり参考にならなかったけど、兵士としての素養を認められて、そのまま傭兵として雇われることになったわ。兵団は年齢に関係なく実力主義だったから、戦争が終わるころには大分偉くなっていて……後はそのまま、ここに居るってわけ」


 なるほど、彼女の生い立ちも凄惨なものだったようだ。戦後の世界でのうのうと育ったオリジナルでは、想像も出来ないほどに苛烈な環境の中で彼女は育ってきたのだ。


 同時に、彼女の戦闘センスにも納得することが出来た。ある意味では、彼女は原初の虎よりも早い時期から対アンドロイド戦闘をこなし、気の抜けない戦場の中で、生きるために戦闘における腕と勘を磨いたのだ。もちろん、彼女が言うように才能が――望んで得たものでもないだろうが――あったことに関しても疑う余地はない。

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