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11-6:晴子の兄評 上

 聞こえてきたコール音は、べスターが耳につけている小型の通信機から発せられるものだった。このタイミングで連絡が来るとしたらオリジナルからであろう。男もそう判断したのか、廊下の隅へと移動して、周囲に誰もいないことを確認してから、口元を手で押さえながら話し始めた。


「まさか本当に人以外が来たのか?」

「いいや、むしろ人が来た……とはいえ、こっちは大丈夫だ。一応連絡を入れておこうと思ってな」

「人だと?」

「あぁ、滅茶苦茶鼻の利く奴だ」

「鼻の利く奴……まさか、ハインラインか!?」


 まさかそんな大物が来ているとは露にも思っていなかったのだろう、べスターは驚きのあまりに少々大きな声をあげた。


「御名答。どうやら、基地から出た後に追跡されていたらしい。とはいえ、出待ちされていた訳ではなくて、たまたま気が付いただけらしいな……今日こそ完全なプライベートだとよ」

「馬鹿野郎、そんな上っ面の言葉を信じるやつがあるか? 今、そっちに戻って……」

「いや、ここは俺を信じてくれ。アイツは嘘を吐くタイプじゃないし、何より色々と情報を聞き出せるかもしれない……アイカメラの映像と音声データは記録しておくから、後で確認してくれ」

「あのな、ハインラインはプロだぞ? オレ達を追い詰めるためなら嘘だって吐く」

「ま、その辺は俺の勘を含めてだ……危険な武器を持っていないのは確認しているし、通信機の類も今は外してもらっている。それより、晴子の様子はどうだ?」

「それは……グロリアと右京が上手くやってくれているよ」

「それなら、キチンと説得してもらわないとな。そっちだって重大なミッションなんだ、頑張ってくれないと困る……こっちは大丈夫だ、信じてくれ」


 アラン・スミスにとっては、晴子が足の再生手術をするのは重大なことであり――同時に、信じてくれと言われたら言い返せなかったのだろう、オリジナルの念を押す様な声にべスターは小さくため息を吐いた。


「お前が簡単に出し抜かれることはないと思うが、何かあったらすぐに連絡しろ」

「あぁ。ついでに、このトラックは廃棄だな。ハインラインの奴には見覚えがあったようで、それで追跡されたらしい」

「了解だ……正規のミッションの時にバレなかっただけマシとすることにしよう。そっちも無理をするなよ」


 そこで男は通信を切って、晴子の個室へと戻っていった。各々に飲み物を配り終え、晴子には水を注いだコップを渡し――手渡されたそれを少しあおって一息つき、晴子はおもむろに口を開いた。


「兄は……そうですね、普通な人だったと思います」

「普通……ですか? 本当に?」


 首を傾げて変な所に念を押すグロリアに対し、晴子は苦笑いを浮かべている。


「うぅん、なかなか適切な表現が無いんですよね。一応、兄は世間一般と比較をすれば優秀な部類だったと思います。勉強も出来ましたし、運動も平均以上、何よりも絵に対する情熱もありましたし……ただ、何かが一番ということはありませんでした。

 こんな風に言ったら怒られるかもしれませんが、私は兄の絵が大成するとは思ってなかったんですよ。上手いと言えば上手いけれど、魂に訴えかけてくる何かは無かったというか……趣味として描く分には良いけれど、仕事にできるほどだとは思えなかったんです」

「でも、お兄さんの大学進学には賛成だったんですよね?」


 晴子は質問を出した右京の方へと視線を移し、小さく頷いた。


「理由は二つ。まず単純に、美大に行って専門的な知識を身に着ければ変わるかもしれないと思ったのが一つ。もう一つは……兄の絵が好きというより、絵を描いている兄が好きだったんです」


 晴子はそこで言葉を切って、再び窓の外へと視線を向ける。


「兄とは違って、私にはこれといった人生の目標はありませんでした。ただ、両親や周りを失望させないため、良い子を演じていただけ……だから何事もそつなくこなしましたし、父が望むような進学先を選ぶことも苦ではありませんでした。

 正確には、とくに目標もないのなら、反抗して変な波風を立てないようにしていただけなのですが……すいません、脱線しましたね。

 ともかく、とくに目標のない私に対し、やりたいことが明確にある兄は、私からしたら輝いて見えました。羨ましかったと言っても良いかもしれません」


 そこまで言って、晴子は椅子に掛ける二人の方へと視線を戻した。


「お兄さんはどうして絵描きになりたいと思っていたのでしょう?」

「自分の作った世界で、この目に映る感動を、誰かと共有したいから……私はそんな風に聞いていました。

 世界を正確に映し出すだけなら写真だって良いわけですし、綺麗に描くのなら修正の聞きやすいデジタルの方が向いているでしょう。でも、兄はアナログの道を選びました。

 自分の目で見た感動を、絵具に乗せて世界を表したい……写真や映像で見る光景と、自分が感じる世界とはでは微細な差があるからと、兄はその微細な差異を埋めるため、アナログでの技術にこだわっていたのです」


 何かを懐かしむように、穏やかに話していた晴子は、そこで口元を抑えながら笑って「でも」と続ける。

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