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11-5:右京とグロリアの説得 下

「お兄さんと一緒で情に訴えかけるつもりかな? 君みたいに小さい子にそんな風に言われたら、晴子さんだってイヤだ、とは言いにくいじゃないか」


 たしなめるように穏かにそう言って後、右京は再び晴子の方へと振り向いた。


「大切なのはアナタの意志ですし、我々も無理に再生手術を受けてくれ、とは言えません。つい先ほどまで、アナタは手術を受けるつもりも無かったわけですし、唐突に切り替えるのも難しいでしょう。

 逆に、今日結論を出すほど急がなくても良いんじゃないですかね。まだしばらく、入院の費用を払いながらでも、手術を受けられる資金は残っていますから」

「それは、そうかもしれませんが……」

「アナタの気持ちも分かります、なんて言うのも失礼かもしれませんが、幾分かは理解しているつもりです。僕もどうしようもなく、未来への不安に押しつぶされそうになることがありますから」

「……そうなのですか? アナタみたいに若くてして事務所に所属している人なら、将来有望だと思うのですが……」

「それは、周りから見たらそうでしょう。しかし、言ってみれば当たり前かもしれませんが……本人にしか分からない不安というものもあるものですよ。

 もちろん、僕の悩みなんかは、アナタの壮絶な経験から比べたら大したことはありません。ただ、悩みや不安というものは、単純に質や量で比べられるものでもありませんから……逆を言えば、不安の無い人はいないと思います。

 もし手術を受けて歩けるようになったとしても、晴子さんのこの先の人生も不安と悩みの連続でしょう。やはりあの時に死んでおけばよかったと、何度も後悔することになることもあるかもしれません」

「あの……アナタは手術を受けて欲しくて来たんですよね?」


 矢継ぎ早に語る右京に対して、晴子はまた呆然とした様子で口を挟んだ。右京も自分自身に対して驚いているようだ。確かに、いつも余裕綽綽よゆうしゃくしゃくで底の知れない感じなのに、先ほどは思いついたまま言葉を吐露していたように見えた。


「すいません、僕も意見がまとまってなくて。こんな風に言われて、手術を受けようだなんて思わないですよね」

「そうですね……ただ、それらしい綺麗ごとを並べられるよりは良いです」


 むしろ、少年のまとまっていない言葉こそが響いたのかもしれない、晴子は穏やかな視線を右京の方へと向けていた。しかし、すぐに表情を歪ませ息苦しそうにし始めてしまった。


「ふぅ……すいません、息切れしてしまって。ただ、こんなに長く人と話すのも久々で」

「いいえ、こちらこそ長々と居座ってしまって……そろそろお暇しましょうか?」

「あ、いえ、その……最初に素気無い態度を取っていてこんなことを言うのも恐縮なのですが、もう少しお話したいです。なんというか、不思議な感じがするというか……アナタ達からは、懐かしい感じがするので」


 どうやら、晴子は本当に厄介払いをしたかったわけではないらしい。それどころか、晴子は二課のメンバーに興味を持ってくれたようだった。恐らく、グロリアだけでも右京だけでも成功しなかったに違いない――二人がそれぞれ違ったアプローチをしてくれたことで、晴子の閉ざされた心の扉が少しばかり開いたということなのだろう。


 ようやっと受け入れられたのが嬉しかったのか、グロリアも椅子を運んできて右京の隣に座り、少々食い気味に身を乗り出している。


「あの、それならお兄さんの話を聞かせてくれませんか!?」

「構いませんけれど……兄のことが気になりますか?」

「その、今回はお兄さんのメッセージを伝えに来たっていうきっかけもありますし……アナタがお兄さんのことを大切に思っていたのも伝わってきましたから。どんな人だったのかなぁと気になりまして」

「そうですね……えぇ、きっとアナタ達が運んできた懐かしさは、私が兄に感じていたものなような気がしますから……」


 晴子はグロリアに対してそう微笑みかけると、今度は小さく咳き込んでしまう。


「すいません、喉が乾いてしまったようで……」

「……オレは飲み物でも買ってこよう。みんな、何が良い?」


 ここまで成り行きを傍観していたべスターがそう言うと、座っていた右京とグロリアが振り返った。


「僕は甘い炭酸を頼むよ」

「私はコーヒーで!」

「あぁ、砂糖がうんと入っているやつを買ってくるぞ。晴子さんは……ミネラルウォーターで良いかな?」

「すいません、本来ならもてなす立場なのに……お願いします」


 むっとした表情のグロリアを尻目に、視線の主は病室を後にしたのだった。


 ◆


「この時のオレは、自分の情けなさに辟易していたんだ」


 病院内の廊下を歩いている映像がブラウン管に流れる傍らで、画面外のべスターがそう呟いた。


「オレはいつでも見ているだけで、若い者達に頼りっきりだなと……それが情けなくて、逃げるように病室を後にしたのを覚えている」

「そんなに気にすることも無いんじゃないか? 若い者同士の方が話が合う場面だってあるだろうし、お前みたいにくたびれた奴が居たからそもそも司法書士って設定も通せたわけだしな」

「くたびれたは余計だぞ……と、確かこの時に……」


 べスターが煙を吸い込みながらブラウン管に視線を戻すと、ちょうど売店で買い物を終えたタイミングであり――廊下に出た瞬間、小さなコール音がスピーカーから聞こえ始めたのだった。

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