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10-57:潰えたはずの夢 下

「それじゃあ、お前に任せてみることにするか。お前は口は上手いし、晴子の気分も変えてくれるかもしれない」

「なんだい、人を詐欺師みたいに言ってさ」

「少なくとも、捻くれてのは間違いないだろう?」

「……違いない」


 右京が皮肉気に口元を吊り上げたタイミングで、二人の動向を見守っていたべスターは車内モニターから視線を外し、アナログの腕時計を見た。


「アラン、右京。そろそろ迎えに出られるぞ」

「了解だ、べスターさん……晴子さんの見舞には、アナタも来ておくれよ?」

「いや、お前一人で行けばいいだろう?」

「グロリアを置いていくのも可哀そうだろう? それに、僕だけで会いに行くのは、少々不信だろうからね……スーツの用意もしておいてくれ、司法書士事務所の職員になりすまして会いに行くんだ」

「はぁ……まぁ、二年以上も向き合ってこなかったのはオレだからな……仕方ない、準備しておこう」

「あぁ、頼んだよ」


 べスターが車にエンジンを掛けるのと同時に、モニターの中で右京がノートパソコンを閉じて立ち上がった。


「さて、まだまだ聞きたいことはあるけれど……今日はこのくらいにしておこうか」

「あぁ? どこへ行くんだ?」

「お腹が空いてきたから、ご飯でも食べに行ってくる……べスターさんが回収しにくるまでには戻るよ」


 そう言いながら廃墟の一室を出ようとする少年の背中に、虎は「右京」と声を投げかける。


「……なんだい?」

「俺は、お前のことを信用しているぞ」

「それは、ハッキングの腕のことを言っているのかな?」

「そう思うか?」

「いいや。まぁ、技術も含めてってことなんだろうけれど……僕もアナタのことを信用しているよ、アランさん。話を聞いてくれてありがとう……少しすっきりしたよ」


 ◆


 ブラウン管の向こうで少年が扉の向こうへと消えていくと、再び画面が切り替わり――いつものように助手席に座る仮面の男が映し出された。


「右京の人となりは多少見えたが……あんまりこういうのを盗み聞きするのも、良くないんじゃないのか?」


 実際の所、べスターに聞かれているというのは右京も織り込み済みだっただろう。また、べスターが聞いていたおかげで自分もこうやって過去の記憶を垣間見ることが出来るのだから、本心を言えばべスターが聞いてくれていたことにはある種の感謝がある。


 とはいえ、人生相談を覗き見るのも趣味が良いことでないのは確か――そう思っていると、べスターは皮肉気に笑って「オリジナルのアイカメラと収音マイクが勝手にやっていたことだからな」と付け加えた。


「時おり、オリジナルと二人で右京の話を出すこともあった。その時の評価はオレもオリジナルも『少々神経質なきらいはあるが、真面目で適度な倫理観を持つ』という点で一致していた。

 確かに、右京自身はクラークに共感する意見も出したが、それはあくまでも『一部彼の思想も理解できる』という程度で、心の底から傾倒している感じではなかったからな。

 だから、オレ達は右京のことを信用していたし……この後も時おり、アイツはオリジナルとこんな風に人生について語っている場面があったから、少なくとも右京はアラン・スミスのことは信用していると思っていたんだ」


 だからこそ、裏切る瞬間まで、誰も右京のことを疑っていなかったということなのだろう。


「どうする? 一応、右京との会話を先に見せることもできるが……」

「いや、時系列順で問題ない。この後、晴子の見舞に行くんだろう?」

「あぁ……とはいえ、グロリアの外出許可やら行くための準備やらで、すぐにとはいかなかった。まぁ、その間にとり立てて重要なこともなかったんだが……」


 男の吐き出す紫煙の向こう側に映る画面を見ると、心配してくれていたのだろう、基地に戻った際にグロリアが涙目ながらに駆け寄ってくるのが映し出され――少ししてから、スピーカーから「おかえりなさい」という声が聞こえた。


 その後は、べスターとグロリアがオリジナルを修理している場面や、恐らく手伝うようにしたのだろう、オリジナルや右京も家事を手伝うシーン――自称なんでもそつなくこなす少年の料理は見た目も良く、味もよさそうだ――他にも何気ない日常の一風景が流れ続けている。


「今にしてみれば、この時期が一番楽しかった気がするよ。つまらないジョークを言うアランに、男たちに文句を言いながらも皆をサポートしてくれるグロリア、皮肉屋だが色々と気が回る右京……暗殺のミッションも継続されたし、テロ活動の鎮圧と闘いの日々でもあったが、毎日が充実していた」


 ブラウン管に映し出されている少年や少女の顔を見れば――何よりも、過去の映像を見て口元をほころばしている無精髭の男の顔こそが、毎日が充実していたということが事実だったのだろうという証拠のように思われたのだった。

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