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10-56:潰えたはずの夢 中

「俺にだって願望がない訳じゃないぜ。無かったわけじゃない、ていう方が正確なんだろうが……俺にも夢はあったんだ。だが、もはや俺は社会的には死んだ身だ。そうなりゃ、自己表現をする機会は永久に失われてしまったに等しい。

 それなら、せめて……目に見える範囲、手の届く範囲に対して何かをしようって、そんな風に思っているだけだ。だから、ヒーローなんて言うのは大仰だ」

「むしろ、自分の夢が潰えた後に人助けをしようだなんていう人の良さこそが、ヒーローらしいと思うけどね……でも、気になるな。聞かせてくれるかい? アナタの夢を……夢だった物を」

「うぅん……気恥ずかしいな」

「あのね、僕だって色々話したんだ。もちろん、アナタにうまく誘導されて勝手にベラベラと喋ったと言えばそれまでだけれど、こちらばかり情報を開示しているんじゃあ公平でもないだろう?」

「……俺はな、絵描きになりたかったんだ」


 それは、自分が予想していた通りの夢だった。何か美しいものを見た時に自然と湧き出る衝動は、この身に刻まれた遺伝子に確かに存在するモノであり――自らの存在証明であるような気がしていたからだ。


「デジタルかい?」

「いや、アナログだ」

「珍しいね……今日日学校の美術の授業ですら、紙には描かないっていうのに」

「しかし、全く描かれなくなったわけじゃない。楽器とかと同じで、クラシック路線ってのは残ってるからな」

「まぁ、それは確かに……でも、なんでアナログなんだい?」

「そうだなぁ。こう、紙に絵具を乗せていく方が、世界を創り上げている感じがするから、かな。別にデジタルが悪いってわけじゃないし、そっちだって十分に世界を表せるんだろうが……俺にはアナログの方が性にあってたんだ。

 実際、デジタルの講座なんかは色んなところにあるし、そっちの方が仕事だってある……でも、今日日アナログを専門的に勉強したり、食いぶちを探すのなら、やっぱり美大に行きたいなと思ってな」


 アラン・スミスはそこで言葉を切って、真っ暗な窓の外へと視線を向けた。


「ウチは親父が士業だったから、俺にも同じように士業になるように教育されてたんだが……」

「え、アランさんの家庭、そんな感じだったのかい?」

「なんだよ、意外か? でもまぁ、そんな立派なもんじゃないぜ。仕事はどんどんAIに置き換わっているが、絶対に人が必要な仕事がある……それは、契約書を作成して説明し、判子を押したり押させたりする仕事だ。

 なんなら書類の作成自体はAIに任せたっていい訳だが、それを精査して状況に合わせて微調整して、人に説明し、同意を得るには人の手が必要になる。そういう意味では、士業ってのは食いっぱぐれない割に高給な仕事だ。資格を取るのは簡単じゃないが……そんな兼ね合いで、親父は事務所を俺に継がせたかったんだよ」

「成程……それじゃあ、家族には色々反対されたんじゃないかい?」

「あぁ。でも、妹だけは……晴子だけは俺の夢を応援してくれた。事務所は自分が継ぐから兄さんは好きなことをして欲しいって……一緒に親を説得してくれたんだ。その甲斐あって、一回だけ、美大受験のチャンスをもらったんだよ」

「でも、美大って入学するのは難しいだろう?」

「あぁ、浪人するほうが普通だからな。でも、せっかくもらったチャンスだったんだ、絶対にものにしたかった。それで、高校三年の時には死に物狂いで勉強して、絵の練習もして……家族旅行も辞退して、な」


 だから、自分だけは事故に巻き込まれずに済んだ――そんな身の上話を告げると、少年は痛まし気にうつむいた。


「……すまない、何と言えばいいか」

「別に起きてしまったことが覆る訳でもないしな。気にしないでくれ。ともかく、ウチは両親ともに兄弟は居なかったし、祖父母も親戚筋も亡くなってたから、保険金と遺産はまるまる引き継ぐことになった。そうなればまぁ、その金で大学に行くって選択肢もなくは無かったんだが、女の子が両足を無くしたままじゃ可哀そうだろう?

 だから、俺は大学進学を諦めて、妹の足の再生手術のためにお金を使おうと決めたんだ」

「しかし、まだ妹さんは手術を受けていないんだよね?」

「あぁ、そうらしい。俺が見舞に行っているうちは手術の準備を進めてたんだが……事故に会ってからは拒んでいるらしくてな。俺としてはよくなって欲しいんだが」

「それじゃあ、僕が説得に行こうか?」

「……はぁ?」


 予想外の返答が来たせいか、オリジナルは間の抜けた声をあげた。


「うぅん、今朝、グロリアにも同じことを言われたんだよな……」

「それなら、きっとそういうタイミングなんだよ」

「しかし、お前が説得に行こうだなんて、どういう風の吹き回しだ?」

「はは、酷いね……まぁ、人間嫌いを公言しておいて、説得に行くのもおかしな話か。でも、僕だって周囲の人が困っているのを放っておくほど冷血漢でもないつもりさ。もちろん、本当は先輩自身が会いに行って、話をしたいだろうけれど……」

「……まぁ、この面で会いに行ってもビックリさせるだけだろうし。何より……俺にはもう、晴子に会う権利なんてないしな」


 虎は視線を落とし、自らの手を見つめた。戦闘でボロボロになったグローブの下には機械仕掛けの義手が――暗殺者の手が覗いている。血濡れた自分の手では、もう妹の手を握る権利など無いと思っているのだろう。同時に、先ほどオリジナルがヒーローと呼ばれるのを嫌ったことも理解できた。どれだけ偽善を重ねようと、その手には確かに血で濡れているからだ。


 とはいえ、誰かが働きかけなければ、晴子が手術を受けてくれないという現実は変わらない――そう思ったのだろう、オリジナルは顔をあげて自らの手から目を離し、右京の方を見た。

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