10-54:少年の生い立ち 下
「中学で人付き合いに辟易していたから高校は通信制だったし、授業も簡単だったからね。日がな一日引きこもって、世の中に出回る情報を見て回っていたんだけれど……何となく、目に触れる情報のアルゴリズムに違和感があったんだ。
もちろん、WEBサービスは慈善事業で成り立っているわけじゃない。ビジネスである以上、ある程度は恣意的に提示される情報が操作されるのは当たり前として……本来なら公的機関の情報は一般人や営利団体が発進する物よりは公共性が高いはずなのに、結構掘らないと目につかないようになっているのがおかしいと思ってね。
それで、なんでこんな風になってるんだとアルゴリズムを解析するため、興味本位でハッキングを独学で始めたんだよ」
「いや、普通は独学でそこまでできないだろう……まぁ出来てるんだから、ある意味ではお前は変態なんだろうが」
「ははは、ただ相性が良かっただけさ……やはり技能というものは、突き詰めていけば素質との相性があるからね。こそこそと他人の素性を暴いて回るという下卑たことには才能があったんだろうね。
それにまぁ、勉強を始めたのも多感な時期だったからさ。世界最大の企業の闇を暴いてやるんだって、火遊びをしている自分に酔ってた部分もあると思う。そんなこんなで寝るのも忘れて没頭しているうちに、気が付いたら色々出来るようになっていたって感じさ」
「なるほど……いや、全然納得してないがな。没頭して気が付いたら出来るようになるものか?」
「同じ言葉をそっくり返すよ。僕はどれだけ頑張っても、気配だけで見えない相手を感知するなんて出来そうにないからね」
薄暗い中でも、右京の顔は良く見える――少年の目の前にあるディスプレイの明かりのおかげだ。右京は珍しく呆れたような表情を浮かべて肩をすくめていた。
「ともかく、そんなこんなでDAPAの情報にアクセスしているある日のこと、第五世代型アンドロイドのことやテロ活動のこと……そして対立している組織の存在を知ったんだ。
そんな中で、僕はタイガーマスクと呼ばれる者に興味を引かれた。暗殺者という苛烈な一面を持っている一方で、第五世代型アンドロイドや機械の暴走によるテロ活動に対して抵抗している存在……そんな人がいるだなんて思ってもみなかったからね。
一体どんな人なんだろうかと気になって、ACOのデータベースにもアクセスしてみていたんだけど、僕の存在を認知してもらえるよう、わざと足跡を残しておいたんだ」
「……つまり、その気になればバレずにアクセスできたってことだな。しかし、なんでそんなことをしたんだ?」
「べスターさんから聞いてないかい? 僕はアナタのファンなんだって……まぁ、半分冗談だけどさ。
足跡を残しておいたのは、保険と自己アピールだよ。DAPAに僕の存在が気取られた時に、保護してくれる相手が欲しい……それなら、敵対組織に自分の腕を見せておくのが一番だと思ってね。実際、その通りになったよ」
右京はそう言いながら、ノートパソコンのモニターを見つめている――先ほどから定期的に画面を見ているのは、恐らく辺りの監視カメラを警戒してだ。何者かが近づいてくるのを確認するのはもちろん、廃墟と言えども治安維持や監視のため、監視カメラは生きているらしい――それを警戒してのことだった。
キーボードを打つ音だけが室内に響き――少ししてから、少年は小さく首を横に振った。作業に関して彼が問題を起こすことはあり得ないはずなので、恐らく右京は自分の言ったことに違和感を覚えた、という印象だ。
「やっぱりそれだけじゃないな……僕はアナタに会ってみたかったんだ。タイガーマスクのアンビバレントな行動に関しては、自分なりに推測することは出来ても本心を知れるわけじゃない。こんなクソッタレな世界でヒーローみたいなことをしてる人がどんな人なのか、実際に会って話をして見たかったって言う動機もあったんだ」
「ふぅん……それで、お前の言うヒーローに会ってみた感想はどうだった?」
「意外と普通な人なんだなって思ったよ……いや、スニーキングや戦闘に関するスキルは並外れているけれど、主に思想的な面では……あまりぶっ飛んだ発想をしてないなって」
少年はそこでキーボードを打つ手を止めて、仮面の方へと向き直った。そこには、いつものような涼しい笑顔は無く、真剣な眼差しをアイカメラの方へと向けていた。
「でも、今の考えは違う……僕が言えたことじゃないけれど、アナタも相当に歪んでいるよ。成程、確かにアナタが言うように、僕は自分で思っている以上、世間の人間に対して期待をしているのかもしれない。
だけど、必死に誰かを守っているアナタこそ、本当は他人に対して何も期待をしていないんだ。だから、僕のような奴の話だってイヤな顔一つせずに聞くことができるんだよ……アナタにとっては僕が何者であっても問題なくて、またどうなろうとも問題ないのだから。
きっと、僕以外の人に対しても、アナタは同じ態度を取るだろう。アナタは、誰にも期待をせず、たった一人で走り続けるんだ。その姿は……羨ましいと思うほどに孤独だ」
確かに少年の瞳には羨望の色が浮かんでいる。しかし、孤独を羨むというのはどういう心境だろうか。一般的には孤独でいることは好ましいことではないだろうし、オリジナルも特別に孤立しているという気もないだろうと思う。
仮に世間に接点がなくとも、アラン・スミスには二課がある。それは元来彼が求めていた社会的な立ち位置ではないだろうが――少なくとも、オリジナルは周囲にいる者たちを信頼していたはずだ。実際その通りに思ったのか、オリジナルは少年の眼差しを遮るように右手を振ったのだった。




