10-53:少年の生い立ち 中
「これもあくまでも俺の勘だが……今の言葉はお前の本心じゃないと思うぜ。もちろん、俺のことを心配してくれているのはありがたいんだがな。お前は言うほど、人々に対して絶望しているわけじゃないと思う。
いや、正確に言えば……絶望はしているのかもしれない。だが、無関心でもいられないくらいに意識はしているんだ。
もし本当に人々をどうでも良い存在と思えるのなら、きっとクラークのような男になるんだよ。つまり、他人なんてどうなってもいいと思うようになる……対して、お前は弱い人々の存在を許せないと思っている。これは、他人を何かしら意識して、期待していることの裏返しなんじゃないか?」
「そうかな……でも僕もまた、人々から身を隠して逃げ回っている弱い存在だ。そう思えば、あんまり人のことは言えない立場なのかも……」
「それは論点がズレている気もするが……いや、あながちズレてもないな。どうでも良いと思う相手からなら、どう思われたっていい訳だろう?
お前が人から期待されるのを嫌うのは、本当は同じくらい誰かに期待しているからで……同時に応えきれない自分や、自分の期待に応えてくれない他人、両方に対してビビってるのかもしれない」
「……痛い所を突いてくるね。でも、そうかもしれない」
ビビっていると誹謗を受けた割には、右京は怒る風でもなく、ただ俯いて口をつぐんだ。オリジナルのプロファイリングはそこそこには的中していたからこそ、右京は黙ってしまったのだろう。
もちろん、多かれ少なかれ、周りからの評価というものは気になるものだ。しかし少年は、常人と比較すると過剰とも取れるほど周囲からの評価に怯えているように見える。
おそらく、虎と少年の差はここにある。とくにオリジナルは、ある意味では世捨て人のような感覚で生きている――世間的にはその存在を抹消されているため、周りに評価されたくても、もはやそれも叶わない場所にいるのだから。
むしろ、虎は人目につくわけにはいかない。だからこそ、ある意味では他人からの評価が気にならない所に行ってしまった。彼が渦中に身を投げるのは、人間世界に対して少しでも接点を持ちたいという儚い願望があるのかもしれない。
対する少年は、まだ世間に対して如何様にも接点を持てる場所に居り、しかし他者からの評価が恐ろしく、おっかなびっくりにその身を隠して生きている――そういう意味で、アラン・スミスと星右京は対照的な存在なのかもしれない。
二人の間にしばし沈黙が訪れる。窓の外は、段々と夜の帳が降り始め――打ち捨てられた廃墟群は街灯からも遠いためか、廃墟の中は薄暗くなり始めていた。
そんな中、オリジナルの方から「一個聞きたいことがあるんだが」と質問がなされたことにより、静寂は一旦終わりを告げた。
「ACOのトップシークレットにアクセスし、DAPAの通信を妨害できるお前が優れてないっていうのも、滅茶苦茶違和感があるんだが」
そこに関しては自分も思うところがあった。星右京の自己肯定感の低さは、本来なら彼の劣等感に起因するはず。そもそも、なんでもそつなくこなせるのなら――そつなくも彼自身の言葉であり、実際はなんでもかなりの腕でこなせるはず――そこまで自分のことを卑下する必要もないはずだが、そこに関しては一番ではないから、という点で満足できないのは理解できなくもない。
この辺りは、旧世界においてはある種の社会的な病理でもあった。ネットを通じ、ある界隈におけるトップクラスの者たちの活躍や生活が広く共有されるようになってしまったのが原因で、人々は常に最高の何者かと自分とを比較することが強制されるようになる。そうなると、相対的に優れている者ですら、自分が劣っているという錯覚に陥るようになってしまうのだ。
しかし、誰の口からも「稀代の天才ハッカー」と呼ばれるほど、星右京はハッキングに関しては右に出るもののないほどの実力を持っているわけだ。そうなれば、一番という座を一つは持っているのであり、そこに対して自己肯定感があってもいいようには思う。
もちろん、逆を言えばそれ以外の点は一番でないのであり――そもそも一分野だけでも優れていれば十分だとも思うが――彼自身は満足していないのかもしれないが。ともかく、オリジナルの質問に対し、少年は小さく笑い声をあげて応えた。
「はは、お褒めに預かり恐縮だね……でも、うん、ハッキングに関しては自分でも中々だと自負しているよ。でもまぁ、これは手段であって、目的じゃないからね……あんまり誇ることでもないと思ってる。
べスターさんから聞いていると思うけど、僕は元々はDAPAのデータベースをハッキングしようとしていたんだよ。最高機密までは触れることは出来なかったけれど……僕の目的はそれだったんだ」
「あまりピンとこないが……どういうことだ?」
「つまるところ、僕なりにこのクソッタレな世の中に一石投じようとしたのさ」
そう言って、右京は瓦礫の破片を手に取って、ガラスの方へと放り投げた。




