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10-52:少年の生い立ち 上

「ちょっと自分語りになるけどさ、昔のことを話しても良いかな?」

「あぁ、どうせ暇だしな」

「はは、僕の身の上話なんか暇つぶしか……まぁ、それくらいがちょうどいいかな」


 仮面の皮肉に対し、少年は屈託なく笑い――そして右京も窓ガラスに差し込む僅かな明かりをボゥッと眺めながら話し始める。


「自分で言うのもなんだけど、僕は何でもある程度そつなくこなすことはできた。勉強も運動も、人付き合いも。ただ、どれも一番得意って程じゃない……下を見ればキリがないかもしれないけれど、上を見てもやはり敵わない相手がいる、そんな程度の出来の人間だ。

 そんな調子だから、僕は自分に対しても、他人に対しても鬱屈とした感情を持っていたと思う。何者かに成れるほど特別じゃないくせに、もう少しで何かを得られるんじゃないかっていう思いから、自分に対して期待を捨てきれないんだ。

 同時に、そつなくこなせるから人から頼られることも多かったんだけど……」


 少年はそこで一度言葉を切り、瞳を閉じながら静かに首を振った。


「まぁ、僕も悪いんだ。イヤなら断ればいいのに、残念な顔をされるのが怖くてね。頼まれごとをこなせば感謝もされるけれど、別に僕は感謝されたいわけじゃない。ただ、失望されるのが怖いから、言うことを聞いていただけだ。見返りに何をしてくれるわけでもないのにね。

 要するに、僕にとって他人って言うのは、面倒ごとだけ持ってくる厄介な存在だった。とくに僕に近づいてくる奴は、僕に何かしらの利用価値を見出してるからであって、僕の本心なんかどうだっていいって奴ばかりだったからさ。

 だから、クラークの言い分に共感できる部分があるんだよ。自分の力だけで生きていけない者に、誰かが利用されるのはおかしいことだと……他人を利用するだけで生きている奴なんか、どうなったっていいって、そんな風に思うんだ。

 同時に、僕は人前に出ないように生きていこうと思った。誰かに存在を認知されなければ、頼られることだってなくなるし、同時に失望されることだってなくなる……誰かに煩わされることもなくなるからね」


 少年の言葉は、まるで独白のようだった。聞かせている仮面に対して向けているという雰囲気ではなく、ただ窓の外に向かって語り続けている。オリジナルの対応は正解だっただろう。もし食いつくように聞いたり、下手な共感をするようであれば、右京からここまでの言葉を引き出すこともできなかっただろうから。


 もちろん、惑星レムでの結末を見ていた自分としては、全てを裏で操っていた男こそ星右京だと知っている。右京の底知れなさを考えれば、これだって何かしらのブラフと考えるべきなのかもしれないが――これは少年の嘘偽りない本心であると自分の直感が告げていた。


 彼が本心を言っているように思うのは、自分から見た少年の臆病な立ち居振る舞いを形成した生い立ちが、なんとなくだが予想していたものと合致していたから――そのために違和感も生じず、彼が本音を言っていると思ったのだろう。


 そしてオリジナルも同じだったのか、とくに驚く様子も、下手にリアクションを取ることもなく、静かに「なるほどな」と相槌を打つのみだった。


「先輩には、そういうのは無いのかい?」

「あると言えばある。他人ってめんどくせぇと思うこと自体は、俺にもあったからな」

「でも、先輩はそんな他人を率先して助けようとしている。縁もゆかりもない人を助けに行くじゃないか。それは何でないんだい?」

「そこんとこは俺にも分からん。だけど、分からなくていいとも思っている。誰かを助ける理由を言語化する必要はないんだ」

「でも……」

「ついでに言えば、得なんか無くてもいいだろうって思うぜ。確かに他人なんてめんどくせぇだけの相手だから、死んでも構わないってのはある意味では合理的なのかもしれないが……人を助けるのに合理的である必要は無いと、俺は思ってる」

「ふぅ……成程ね。でも、だからこそ……僕はやっぱり、人々のことが許せないよ」


 そこで初めて予想外の答えが返ってきたのか――自分も予想外だった――仮面の視線は窓から瓦礫に佇む少年の方へと向けられた。対する右京も仮面の方へと向き直り、口元に微笑を浮かべながら首を傾けた。


「だってそうだろう? 傷つきながらも自分たちのために頑張ってくれている人のことを知りもしないで、人々は日々の安寧に甘えているんだからさ。自分たちの過ごす日常を守ってくれている人がいるなんて思っても居ない、その無知さを……無責任さを許せないと思うんだ。

 もちろん、先輩は謙虚で照れ屋だからさ。わざわざ周知してくれなんて言わないだろう。それに、認めて欲しくて戦ってる訳でないことも分かっている……でも、そんな風に優しくて強い人に頼りきりな人々を、僕は認めることが出来ないんだ」


 話を続けていくうちに、右京の声色には静かな怒気がこもっていく。それは、過去に彼自身が他者から受けた仕打ちに対する怒りなのか、現在進行形で受けている虎を慮っての怒りなのか――どちらかは断定できないが、恐らく後者の方が強いように思われる。


 星右京はアラン・スミスの在り方に対して、自分を重ねている所があるのだろう。それは、他人というものは自分を利用するだけの存在であり、無責任である――そこに憤りを覚えているに違いない。


 確かに、原初の虎は自らの生き方を選べず、周りに利用されている存在だ。とはいえ、アラン・スミスは世の中に対して怒りもしていないし、絶望もしていない。それは、クローンである自分も、オリジナルも同様のように思われる。


 虎と少年、彼我の差はどこから来るのか――それに関する回答を、自分は用意できなかったが、オリジナルが「なぁ右京」と語り始めたので、ひとまずその言葉に耳を傾けることにする。

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