10-51:廃墟にて 下
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わずかな物音にオリジナルが反応すると、廃ビルの扉が静かに開かれる。そこにはいつもの笑顔で佇む星右京の姿があった。
「先輩、大丈夫かい?」
「あぁ、問題ない……と言いたいところだが。こりゃ帰ったらグロリアに怒られるな」
「はは、無茶しないでって約束したものね」
右京はオリジナルから離れた場所の瓦礫の埃を払って、そこに腰かけてノートパソコンを開いて作業を始めた。そしてややあってから、少年はキーボードを打ち込みながらオリジナルに声を掛けてきた。
「先輩、一つ質問があるんだけれど……アナタはなんで、DAPAのテロ活動に抵抗しているんだい?」
「あぁ? そりゃ、アイツらの好き勝手にさせてるのが癪だから、かな」
「でも、それはアナタの仕事じゃない……タイガーマスクに課せられた使命は、要人の暗殺だ。それに、癪って言うのも嘘じゃないだろうけれど、理由の全部じゃないだろう?」
「そうだな……」
アラン・スミスがぶっきらぼうな調子で返答すると、しばし二人の間に静寂が訪れた。恐らくだが、オリジナルは右京の質問に対してどう答えるべきか悩んでいるのだろう――少しして、少年の方が沈黙を破った。
「……アナタが誰かの命を守っていることを、知っている人はあまりにも少ない。そこに、怒りを覚えたりしないのかい?」
「別に……誰かに褒めて欲しくてやってるわけじゃない。気が付けば、身体が動いてるんだ。理不尽な暴力に、為すすべなく消えてしまう人を救えるんじゃないかって……だから、気にしては無いな」
「そうかい……でも、僕は怒りを覚えるよ。人々の無知に対してね」
その声色には、確かに静かな怒りが込められているように聞こえた。少年は演技も下手ではないが、とりわけ上手とも思わない。なるべく表に出さないようにしているだけで、感情や本心を完全に隠せるほどの名優という訳ではないのだ。
だからこそ、彼は人前に立つのを恐れるのだろう。心を見透かされるのが恐ろしいから――逆に、虎に代わって人々に怒りを覚えているのを伝えたというのは、珍しく彼なりに本心を伝えようとしているようにも見えた。
「こんなことを言ったら怒られるかもしれないけどさ……僕はクラークの意見、少しわかるんだよ」
「ふぅん……」
「怒らないのかい?」
「ま、人の意見や感情はそれぞれだからな……俺はクラークを危険な男だと認識しているが、それなりに共感を得られる部分もあるから、組織のトップでいられることも否定はしないさ……着いて行くに値すると思われているからこそ、アイツはDAPAの会長なわけだろう?」
「そうだね」
「しかし、実際の所は、お前がクラークのどんなところに共感しているのか分からないから、怒りようもないんだ」
「施しを待つ弱者は淘汰されれば良いって部分さ」
「……なんでだ?」
アラン・スミスの対応は淡々としたものであり、その声と視線は廃墟を映し出す解放感もない窓ガラスの方へと向けられている。別に本心は右京に対して怒っているとか、呆れているわけではない――きっとあの場にいるのが自分でも、同じような対応を取るだろう。
右京が求めているのは、叱咤でも激励でもない。ただ、自分の心を整理したいだけ――誰かとのコミュニケーションを取る中で、混沌とした自らの思想を言語化しようとしているだけなのだろうから。
あるいは、少年は自分の感情を誰かに受け入れて欲しいだけで話を始めたとも取れる。肯定も否定もして欲しい訳ではない――単純に自身の考え方はあれこれこうであるという事実を話して、自分という人間を理解してもらうことが目的に違いない。
どちらにしても、星右京が求めているのは共感でも拒絶でもない。それをオリジナルも感じているから、右京が話しやすいような態度を取っているのだろう。
オリジナルの質問を上手く言語化できないのだろうか、右京は押し黙ってしまったようだ。虎は一度だけガラスに映る少年の困ったような顔を見て、代わりに「あくまでも」と切り出した。
「俺から見てだが……お前はクラークの言い分に共感しつつ、否定もしているように見えるぜ」
「……なんでだい?」
「状況証拠が半分……もしお前がクラークの完全なシンパなら、恐らくここに居ないってことさ。多少なりとも反対意見を持っていたり、共感できない部分があったりするから、お前は俺たちに協力してくれているんだろう?」
「はは、そうだね……残り半分は?」
「勝手な勘だが、お前は人間が嫌いじゃないんだよ……好きでもないし、苦手でもあるだろうがな」
「なんでそんな風に思うんだい?」
「言っただろう、勘だって。でもそうだな、強いてを言うなら……気持ちは分からないでもないから、かな」
「先輩も人間嫌い……とは違うか。苦手なのかい? そうは見えないけれど」
「俺からしてみたら、お前だってそうは見えないさ。というか、人類大好きなんて奴はこの世に存在しないってのが正解だろうな。万人と分かり合うなんて不可能だし、どうしたって合わないやつはいる。
そこで苦手意識を持つかどうかは、要はその合わないやつの数と、そういう奴に対してどれだけ心を砕いているか次第だ。反りの合わない奴の数が多くて、逐一そいつらに気を使っている程、他人に対して苦手意識を持つんだと思うぜ」
「成程、そんな風に思ったことは無かったな……でも、先輩の言う通りかもしれない」
ガラスに映る右京は、割と感心した様子で頷いている。そして、しばらく言葉を反芻しているのだろう、視線を落とし――ややあってから再び口を開いた。




