10-49:出動前の一幕 下
「別に隠してた訳でもないしな。それで、そうだな……妹がどんなものか、か。そんなに深く考えたことは無かったが……もちろん、家庭によって全然違うだろうけど、ウチは兄妹仲も悪くなかった、というか良好だったんじゃないかな。
俺は親父と折り合いがあんまりよくなかったからな。そういう意味では、晴子が結構色々とフォローしてくれてたというか……」
「なに、お兄ちゃんなのに妹を頼ってたってこと?」
「いや、そんなことは……うぅん、そうかもしれない……」
アラン・スミスは首を振って後、バツが悪そうに右手を頭の後ろに回して頭を下げた。
「晴子は頭も良かったし、しっかりとしていたからな。あんまり甘えられた記憶もないんだが……でもまぁ、小さい頃はよく一緒に遊んだし、小言を言われながらも結構信頼はされたたように思う」
「ふふ、なんだか想像できるわね」
「そうか?」
「そうよ、アナタを見ていると、小言の一つを言いたくなる気持ちは良く分かるもの」
言葉とは裏腹に、少女の声色は暖かい。グロリアは木の方へと歩いていき、両手を後ろで組みながらオリジナルの横に並んだ。
「妹さん、事故で入院しているのよね?」
「あぁ……なかなか手術を受けてくれないらしくてな。本当は俺が直接会いに行って、手術を受けてくれって、説得したいんだが……」
「そうよね、アナタの存在は機密なわけだし、会うわけにも……」
グロリアはそこで言葉を切って、手を口元にあてて何かを考え込み――そして妙案が思い浮かんだのか、両手を叩いてパッと笑顔を浮かべた。
「それじゃあ、私が代わりに会いに行って、妹さんに手術を受けるよう説得しに行ってくる!」
「……はぁ?」
「そうと決まれば善は急げね、早速べスターを説得して……」
「お、おいおい、ちょっと待ってくれ。グロリアだって外に出るのは……」
「私はアナタと違って、ちょっと変装すれば良いだけだし……何より、べスターの同伴があれば外に出ても良いことになっているもの」
「そうだったのか?」
「えぇ。私の存在はDAPAでは機密だったけれど、ACOでは安全上の問題でここにいるだけだし、問題ないわ」
恐らくだが、視線の主であるべスターは厄介なことになったと思ったに違いない。外出できることは事実である他、グロリアは二課の一員として頑張ってくれているし、彼女の要望を叶えたい気持ちはあるとしても、一応DAPAに感づかれるリスクを想定すればグロリアを外に出さない方が楽であるのは間違いないからだ。
グロリアを説得するためなのか、はたまたいい考えだと声を掛けに行くつもりなのか、べスターは窓から離れて扉へと向かう――そんな時だった。机の上に置いてある端末からけたたましい音が鳴り響きだしたのは。これはDAPAによるテロ活動が観察された時の警告音であり、べスターは出撃に備えるために準備を始めたようだった。
もちろん、べスター自身が出撃したい訳ではないのだろうが、間違いなくアラン・スミスが現場に急行したがる――そんなオリジナルの想いを汲んで行動してくれているのだから、なんやかんやでべスターも人が良いのだ。
「……それじゃあ、俺が帰ってきたら笑顔で迎えてくれよ。これはグロリアにしかできない仕事だ」
べスターが準備を終えて外に出たタイミングで、アラン・スミスはグロリアの頭に手を置いていた。恐らく警告音を聞いたグロリアが自分も何かしたいと言ったことに対する反応だったのだろう。
しかし、なんだかこの光景には既視感がある気がする――とくに納得いかない、といった表情で仮面の方を見上げる少女の顔は、いつかの日に同じような頼みごとをしたソフィアに重なるものがある。
「アラン、アナタは勘違いしているわ。私はそもそも、アナタを一人で行かせるのが心配なのよ」
「あーうん、でもまぁ、べスターと右京のフォローもあるし……」
「でも、現場に立つのはあなた一人じゃない。だから、心配なのだけれど……」
グロリアはそこで言葉を切ってため息を吐いて後、どこか大人びた微笑みを浮かべた。
「この前、アナタにさんざん迷惑をかけた手前、あまりワガママを言える立場でもないわね。その代わり、怪我しないで帰ってくるのよ?」
「はは、てっきり修理の練習になるから、怪我して来いと言われるかと思ってたんだがな」
「馬鹿、修理なんて必要ないに越したことは無いでしょう?」
「仰る通りで……」
二人の会話が落ち着いたタイミングで、べスターは車の電子キーをクルクルと回しながらアラン・スミスに近づいた。
「アラン、出るぞ」
「あぁ、了解だ……それじゃあグロリア、行ってくる」
「えぇ……無茶しないで、必ず無事で帰って来るのよ」
そう言って手を振るグロリアは、力強い微笑みを浮かべている――心配する一方で、アラン・スミスなら必ず無事に帰って来ると信じてくれているのだろう。その後は外を出歩いている右京に通信を入れて手伝いを依頼し、その承諾を受けたところで、二人の男はトラックに乗り込んだのだった。




