10-47:歴代のアンドロイドについて 下
極論から語ったものの、人と第四世代型アンドロイドとが――それはDAPAという企業の思惑を考慮しない場合に限るが――互いにある程度の信頼関係を持っていたというのもまた事実である。とくにアンドロイドは高度なAIを持ちながら、人の雇用を不用意に奪うことが無いように慎重に社会進出したため――もちろん代替されるケースも多く、失業率は上昇傾向にあった――過激なオーガニック思想の持ち主を除いては、第四世代型は社会に広く受け入れられたと言っていい成功をおさめたのだった。
グロリアの件に話を戻すと、彼女は第四世代型よりも第二世代型を好んでいたらしい。より複雑な処理が出来るようになった第四世代型よりも、比較的単純が故に献身性がより強調されている第二世代の方が、幼少時にはより好ましく映ったのではないかとべスターは推論していた。自分としては――なんとなくだが――もっと単純で、同時に複雑な感情があっただけではと推測した。
そもそも、何かが好ましい理由を言語化することは、一見それらしくなる一方で、本来は複雑な要素から成り立つ感情を一つの方向性に帰結させてしまうリスクを孕んでいる。自分は人の感情が高等なものであるとは思わないのと同時に、完全に言語化することは不可能だと思っている――べスターの仮説も事実の側面を捉えてはいるのだろうが、たとえば当てがわれた第四世代型がたまたまグロリアと相性が良くなかっただとか、逆にベティと相性が抜群に良かったのだとか、または様々な要因が複合されていた可能性だってありうる。
そのベティに関してだが、グロリアが本国から鳥かごに移動させられる六歳の時には引き離されてしまったらしい。その後の生活においては、ファラ・アシモフは第四世代型に少女の世話をさせようとしていたらしいのだが、グロリアはベティ以外のアンドロイドを受け付けなかったため、最終的に母は子に家政婦をあてがうことを諦めたらしい。こう言ったところも母子の確執の要因の一つではあるのだろう――もちろん、娘の世話をアンドロイドに押し付け、自身は娘から逃げていた母の方に問題があったとは思うが。
もしかすると、グロリアがベティにこだわったのもそこに要因があるのかもしれない。一つ、恐らく物心がつく前から自身の世話をしてくれていたベティに対して深い信頼があったこと。そしてもう一つ、自身に愛情を注いでくれない母親に対し、我儘を言うことで関心を引こうとしていたのかもしれない。
しかし結局、自分の子の推測も邪推か。ともかく、鳥かごの中においてアンドロイドの世話を頼れない少女は、掃除や洗濯など基本的な家電の使い方はある程度理解していたようだ。そのため、コンテナハウスで家事をすることに関しては、割とそつなくこなしていたようだ。洗濯に関しては、べスターの衣服が煙草臭いと非難囂々だった様だが、吸わないと集中できないということで、男の喫煙が改まることは無かったらしいが。
炊事においても、そもそもグロリアは頭もよく要領も良いのですぐに上達したらしい。もちろん、基地での暮らしにおいては食料の支給もあるので、基本的には温めるだけで簡単に食べられるものが多いのではあるが、盛り付けや味付けに工夫を凝らすので、男性陣からの家事に関する評価は高かったようだ。
次第にグロリアは研究室の掃除も任されるようになり――様々に機密もあるのだが、デリケートな機材も多く、自動掃除機に任せられない所でもあるので、長く埃と油にまみれた空間は彼女によって綺麗に磨き上げられた。さすがに机や棚を拭くだけでなく、配線に気を使いながら人力で床まで掃除するのは大変だったらしく、「ベティはこんなに大変なことをしてくれていたのね」と疲れ顔で感心していたようだった。
そんな彼女の努力も認められて、グロリアはすぐにべスターの助手見習いとして機械工学を学び始めた。鳥かごでの暗殺失敗からしばらくの間はACOではより慎重に次のターゲットを協議していたらしく――同時に恐らく、DAPA内でも虎の扱いに対して変化が見られたが故――次のミッションはしばらくの間は発生しなかったようだ。DAPAによるテロ活動も同様であり、この間はオリジナルは特に負傷することもなかったため、グロリアはしばらくの間は機械いじりよりもプログラムの方を学んでいたようだった。
幼少のころから幽閉されており、パソコン関係に触れていなかった割には、グロリアの吸収はすばらしかったらしい。むしろ、下手な便利な既製品に触れていなかったことで、小難しいプログラムに対しても抵抗が無かったことと――こちらは本人には言わなかったらしいが――やはり優れたエンジニアである母の素養を継承していたおかげであろうとべスターは付け加えた。
こうなってくると、むしろオリジナルが肩身の狭い思いをしていたらしい。というのも、現場が無ければとくに仕事もない訳で、虎は二課内の権力ヒエラルキーの最底辺に位置していたらしい。ちなみに右京も特に仕事をしていなかったわけだが、持ち前の要領の良さでのらりくらりと立ちまわっていたようだ。
もちろん、べスターもグロリアも右京も、有事の際にアラン・スミスをサポートするのが本業であり、ヒエラルキーの逆転に関してもオリジナル本人が自虐的に言っているだけで、本当に誰かが彼を疎んじたりした訳でもないのだが。とはいえ、訓練以外にやることがないのも申し訳なく、一部の家事を代わろうとグロリアに提案しても、「私の仕事を奪う気か」と頑として譲ってもらえることもなかったらしい。
今画面に映されているのもそんな一幕だ――まだ日の浅いうちに外に洗濯ものを干そうとしているグロリアを手伝おうとして断られているオリジナルの姿が、コンテナハウスの開け放たれた窓越しに映し出されていた。




