10-45:深夜のコンテナハウスにて 下
「今日……アランに一緒に帰ろうって言われた時、凄くうれしかったの。私はいつだってどこかに閉じ込められて、ママにもパパにも手を引いてもらった記憶が無いから……どこかへ出て、一緒に帰ってくれる人が居るっていうのが、こんなにも暖かいものだなんて思ってもみなかった。
ただ、アランは私に対して怒ってるって思ってたから、混乱しちゃって……本当は迎えに来てくれてありがとうって言うべきなのに、泣くことしかできなかった。
それだけじゃないの。鳥かごから出る時だって、アランは私を信じてくれた……それがすごくうれしくて……だから、私はアランにお返しがしたい……アシモフが歪めてしまったアランへの贖罪をしたいの」
少女の甲斐甲斐しさにたまらなくなったのか、途中からべスターは瞼を開いて天井を見上げていた。そして話が終わったタイミングでソファーに座り直して、暗闇の中で瞳に強い意志を秘めている少女の方へと向き直った。
「そもそも、お前が贖わなきゃならない罪なんか無いんだが……しかし、アランのためを思うなら、別に仕事に協力しなくたってできるさ」
「……何をすればいいの?」
「それは簡単。我儘を言わないで、良い子にしていることだ」
「むっ、それはアナタにとって都合が良いだけでしょう?」
「いいや、アランもきっと助かるぞ?」
「それは、そうかもだけれど……違うの、私はアランの役に立ちたいの」
「ふむ……それなら機械化できない家事をしてくれると助か……アランも喜ぶはずだ」
「もう、本音が出てるわよ?」
「だが、それだって立派な仕事だ」
べスターの言葉に、グロリアは腕を組みながら唸った。
「まぁ確かに、ウチの男子たちは絶望的に生活能力が無いものね」
「失敬な。オレはやろうと思えば出来るぞ? 忙しいからしていないだけだ」
「多分、アランと右京も全く同じように言うでしょう」
「……言っているところが容易に想像できるな。しかし、信用ってのは小さいことの積み重ねだぞ、グロリア」
「それじゃあ家事を手伝ったら、任務に関することも手伝わせてくれる?」
「今の段階では確約できないが……そうだな、たとえばアランのメンテナンスなんかは教えてやってもいいかもしれない」
べスターとしても、なかなか機転を利かせたのだろう。前線やその付近に出なくてもやれることはある。オリジナルの役に立ちたいとなれば、グロリアもメンテナンスに参加できるとなれば喜ぶのは自然の流れだったのかもしれない。
同時に、サイボーグ化しているとはいえ、女の子に身体をいじられるのはオリジナルも気が気でなかったのではなかろうかとも思うが――とはいえ、恐らくオリジナルもグロリアが自分のために頑張ってくれているとなれば無碍には出来なかったに違いない。
ともかく、男の提案に対し、グロリアは瞳を輝かせながら机の上に乗り出した。
「本当!?」
「あぁ、本当だ」
「分かった、それじゃあ家事から始めるわ。信用は小さなことの積み重ねから、だものね」
「ともかく、もう時間も遅い……今日の所は寝たらどうだ?」
「えぇ、そうね。明日から仕事を手伝わないといけないし……でも、全然眠くないのよね、なんでかしら?」
不思議そうに首を傾げる少女をよそに、視線の主は空になったコーヒーの缶を見つめていた。
ブラウン管の映像が切り替わっても、視点は変わらずにリビングルームを映し出していた。しかし一夜明けた後らしく、窓から日の光が差し込んでおり――視線の先には自動掃除機が床を動き回る傍らで、机の上を鼻歌を歌いながら拭いているグロリアの姿があった。
グロリアがミネラルウォーターのペットボトルを机の上に置いたタイミングにあわせて、コンテナハウスの扉が開かれた。オリジナルが扉で立ち尽くしたままでいると、振り向いたグロリアは「おはよう!」と大きな声で挨拶した。
「あ、あぁ……おはよう、グロリア」
「ちょっと待っててね、今から食事を出すから……座って待ってて!」
グロリアが小走りにキッチンの方へと向かっていくと、オリジナルは呆然とした様子で少女を見つめて――少ししてから扉を閉めて、いつの間にか来ていたらしい右京の隣に腰を降ろした。
「右京、昨日何かあったのか?」
「さぁ……僕は退散してたからね。何かあったとしたら、べスターさんのおかげじゃないかな?」
「なるほど……しかし顔色が悪いが、大丈夫かべスター」
「心配するな……ただの二日酔いだ」
べスターは目の前に置かれているペットボトルに手を伸ばし、それを一気にあおった。
ややあって、先ほどまで元気そうだったグロリアが、両手で一つの皿を大事そうに持ち、しかしなんだか気まずそうに男どもの方へと近づいてきた。少女が机の上に洒落た皿を置くと、そこにはサイボーグ食が下手糞な盛り付けをされて乗っかっていた。
「ちょ、ちょっと失敗しちゃったけれど……そのうち上手くなるんだから!」
「別に他の皿に移さなくても、プレートのまま出せば良いんじゃないのかい?」
「そうかもしれないけれど……そんなの味気ないじゃない」
「成程、確かにそうかもね……」
「……ちょっと右京、どうしたの立ち上がって?」
「自分の朝食は、自分で用意しようと思ってさ」
キッチンの方へ向かっていく少年の背中に対し、べスターは「オレの分も頼む」と声をかけた。それにムッとして、グロリアが頬を膨らませたのは言うまでもないが――オリジナルが礼を言ったことで、少女の機嫌はすぐに直ったのだった。
しかし随分お喋りだったんじゃないか、そう自分が問うと、画面外のべスターは煙草の煙を吐き出しながら「酔ってたんだ」と答えた。




