10-44:深夜のコンテナハウスにて 中
「まず、アイツが元からそういう素養を持っていたというのは間違いないだろう。改造手術を受けるきっかけだって、見知らぬ女の子を救うためだったんだからな」
「それだけじゃ納得できないわ。その子を救ったのは、衝動的な行動だったように思うの。でも、たとえば今日、女の子を救いに来た時は色々と考える余裕もあっただろうし……」
「アイツが救いたかったのは、逃げ遅れた女の子だけじゃないと思うがな」
男の言葉に対し、グロリアは太ももの間に自分のを挟みながら俯いた。彼女だって分かっているのだろう――元々、オリジナルはグロリアを連れ戻すために街へと飛びだしていたということを。
「それで、アランのあの献身的な救命活動の動機だがな……恐らくは贖罪だ」
「しょくざい……?」
「罪滅ぼしのことだ。アイツは、自分が許されないことをしたと自覚している……一方的に誰かの未来を奪うという、究極の暴力を犯したという罪の意識に苛まれているんだ。
だからその埋め合わせとして、力のない人々を不条理な暴力に巻き込まれることから救おうとしているんじゃないか……オレはそんな風に思っている」
べスターの考察はオリジナルへと向けられた物であると同時に、なんとなくだが自分にも向けられているような気がした。しかし、コイツは相変わらず考えすぎなのだ――自分も、恐らくオリジナルも、そこまで難しく考えて行動はしていないのだから。
もちろん、オリジナルの行動原理の一端として、贖罪という意識がなかった訳でもないだろう。そしてその行動原理が、無意識のうちに自分に継承されているということ自体はあり得なくもない。とはいえ、アラン・スミスの行動原理はもっと単純明快だ。頭より先に手と足が動いているだけなのだから。
しかし、何となく男の言い分に異様な説得力があったのか、少女は悲し気に表情を歪ませ、泣きそうに口元を曲げて、「そんなの……」と呟いた。これ以上泣かないと気丈に振舞っているのか、少女は頭を強く振ってから口元を引き締めた。
「そんなの、あまりにも悲しいわ。誰かに殺しを命令されて、妹のために戦い続けて、罪を滅ぼすために誰かを救っているだなんて……あまりにも自分が無さ過ぎる。そこに、アランの気持ちが全然ないじゃない」
「そうだな……そしてアイツをそうしたのは、他でもないオレだ」
「……違うわ。アナタだけじゃない。みんなが……私のママとパパが、アラン・スミスを悲しい存在にしたのよ。
私のママが第五世代型アンドロイドを創り上げなければ、アラン・スミスという名の暗殺者は必要なかった。私のパパを殺すことが無ければ、アラン・スミスは罪の意識に苦しむことは無かった……全部とは言わないけれど、アランを歪めたことにはアシモフが確実に関係している」
グロリアの言葉をオリジナルが聞いたとしたら、恐らく「そんなことはない」と断言しただろう。もちろんグロリアの言うように、原初の虎はアシモフ一家とは因縁が深いということは疑いのないのない事実だ。
だが、そのことに対する罪悪感を、幼い彼女が感じる必要はない。べスターも同様に思っているのか、「考えすぎだ」と言いながら四本目の酒を空けて、俯く少女を見つめている。
対するグロリアは何か思うところがあったのか、彼女の前にあった缶コーヒーを持って一気にあおって渋い表情を浮かべ――そして瞳に決意を宿らせて背筋を伸ばした。
「ねぇべスター。私に仕事を手伝わせてくれないかしら?」
「ダメに決まっているだろう。アイツだって反対する」
「そうね。でも、もう決めたんだから」
「……今度はお前のママを殺すことになったとしてもか?」
男の質問も意地が悪いが、同時にあり得ない未来ではなかったはずだ。あの摩天楼に再度侵入すること自体は難しかっただろうが、一度ファラ・アシモフはターゲットになっているのだから、チャンスがあればもう一度標的になることだって考えられる。
グロリアはべスターの質問に対して返答に窮したようだったが、すぐに毅然とした表情で「えぇ」と頷いた。
「協力する。もちろん、実際にその場になったら、私はまた感情がぐちゃぐちゃになって混乱してしまうかもしれないけれど……」
「はぁ……すまん、今のお前はそう答えるよな」
「何よ、協力させるつもりがなくて聞いたってこと? それって、あんまりにも意地悪じゃない?」
「あぁ、お前の言うつまらない大人ってのは、意地悪で卑怯なんだ……ともかく、作戦行動への参加は認められない」
お前の覚悟そのものは買ってやりたいがな、べスターはそう付け加えてからソファーで横になった。塩対応な気もするが、これも彼なりの優しさだろう。前線に少女を立たせる訳にもいかないし、車への同乗だって危険は伴う。
もちろん、最終的には彼女も炎の四神として前線に立ったことを自分は知っているわけだが――彼女に少しでも危険に巻き込みたくないのは、オリジナルだってべスターだって一緒だった訳だ。
下手に期待を持たせないため、もう話すこともないと言わんばかりに男は目を瞑ったため、ブラウン管は真っ暗になるが――スピーカーから掠れるような小さな声で「私ね」と声が聞こえ始める。




