10-42:市街地の救出劇 下
「グロリア、どこへ行く気だ!?」
「その子の妹が建物の中に取り残されているらしいの……助けにいかなきゃ!」
グロリアは離れたところに潜んでいた幼い子供を一瞥し、すぐに上へと飛んでいってしまった。建物やそれらを繋ぐ通路、それに辺りに立ち込める煙のせいで、オリジナルもグロリアの姿を見失ってしまったようだ。
グロリアの飛び先を尋ねるためだろう、オリジナルはすぐに道端にいる幼子の方へと移動した。対する女の子は近づいてきたオリジナルを見て、小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。先ほど目の前で戦いを繰り広げていた片割れの、とくに見た目が怖い方が近づいてきたのだから、小さな子が怖がるのも無理はないだろう――それをオリジナルも分かっているのか、膝をついて少女に目線をあわせて、穏かな声で語りかけ始める。
「すまん、怖いよな……だけど、俺もあの子を追って、君の妹を助けに行こうと思ってるんだ……さっきのお姉ちゃんには何て言ったんだ?」
「は、八〇五号室って……」
「ありがとう、それだけ分かれば十分だ」
アラン・スミスは立ち上がって、改めて煙の立ち込める上空を見上げた。
「ちょっと、待ちなさい!」
「文句は後で聞く。アンタはこの場でその子を保護しててくれ!」
近づいてくるリーゼロッテにオリジナルがそれだけ言い残すと、また巨大な破裂音が聞こえ――ADAMsを使って無理やり壁をよじ登っていったのだろう、カメラは煙の立ち込めるベランダを映し出した。そこには、部屋の中で瓦礫の下敷きになっている少女と、その前で立往生しているグロリアの姿があった。
「けほっ……アラン!?」
恐らく、窓を燃やして入ったまでは良かったが、瓦礫をどかすことが出来ずに困っていたのだろう。同時に、グロリアは煙を吸ったせいで咳き込んでしまっているようだった。
「君は下へ戻るんだ。これ以上煙を吸うと危ないからな。大丈夫、あの子は必ず俺が助け出すから」
グロリアは涙目のまま頷き、オリジナルと入れ替わるように外へと出ていった。その後は、オリジナルは瓦礫を持ち上げてひっくり返し――高温の上にかなりの重量だろうが、この辺りはサイボーグ化しているおかげでものともしない――急いで少女を救出した。
救い出した五歳くらいの女の子は、ぐったりしているが息はあるようだった。アラン・スミスはすぐにその子を抱きかかえ、先ほど入ってきた窓のフレームを乗り越え、燃えて不安定になっている足場を飛び乗りながら下へ下へと降りていった。
そして地上まで降り立つと、グロリアとリーゼロッテが――女は少女を拘束はしておらず、二人とも各々足で――アラン・スミスの方へと走り寄ってきた。
「信じられない。まさか本当に救出してくるなんて……その子、無事なの?」
「あぁ。だが、大分煙を吸ってしまったみたいだ……後は頼む」
「ちょっと待ちなさい、なんで私が……」
「そうは言っても、俺は表に顔出しできないしな」
そう言いながら、アラン・スミスは抱きかかえて居た少女を女の方へと差し出した。リーゼロッテはどうしようか困っていたようだが、涙目で見上げるグロリアに勝てなかったのか、ため息を一つ吐きながら、男の腕から気絶している少女の身体を抱き上げた。
「まぁ、この子に罪はない訳だしね……それで? 文句は後で聞くって言ってたわよね?」
「後は後、だが今じゃない……そのうちだな。どうせまた会うだろう?」
「えぇ、もちろん……一つだけ勘違いしないで欲しいのだけれど、私は仮にDAPAの目的が何であれ、アナタと決着をつけるまでは手を引くつもりはないわよ」
「初めての時に見逃されたのがそんなにショックだったのか?」
「えぇ、それもある……アナタが音速を超えるということを知らなかった時なら、完全に対処も出来なかったわけだしね。でも一番は……」
女はそこで言葉を切った。火災や周りの騒音に負けない音が――偵察のためのヘリが上空から近づいて来ているのを察したからだろう。あまり喋っているところを見られては、彼女としても体裁が悪いはず――その予想の通り、女は頭上に向けていた視線を下へ戻すと同時に、虎に向けて背を向けた。
「アナタのような坊やが、組織の犬になってその手を血に染めていることが納得いかないから……アナタを止めるのは私よ。だから、私以外の奴に負けないで頂戴」
「……同じ言葉、そっくり返すぜ」
「私は子供じゃない……少なくとも、自分のことを差し置いて誰かを助けようとする、青臭いアナタ達よりはね」
リーゼロッテは抱きかかえている少女の姉の方へと歩いていき、一緒に大通りの方へと行くようにと促した。姉の方も納得したようで、去っていく女の後を着いて行き――女の子は一度だけ振り返り、恐る恐るといった感じでお辞儀をして、そしてすぐさまリーゼロッテの後を着いて行った。
さて、こちらも――画面内のことではあるが――急いで撤収しなければならない。アラン・スミスは去っていった少女たちを見守るグロリアの方へと向き直った。
「偉かったな、グロリア」
「何度も言っているでしょう。子ども扱いしないでって」
「おぉっと、そうだったな……言いたいことが色々とあるのも分かるし、俺のことは許せないままでもいいから……今日は俺と一緒に帰ろう」
虎が手を差し出すと、少女はやっとこちらを向いてくれ――差し出された手を取る代わりに、大粒の涙を瞳に浮かべだした。
「わ、私……私……!」
「……悪い、勝手に連れてくぞ!」
アラン・スミスはグロリアの小さな身体を抱きかかえて走り出した。狭い路地を抜け、監視カメラを掻い潜り、偵察用のドローンを右京にコントロールしてもらいながら、べスターとの合流地点へと引き返していった。時おりカメラに抱っこされたままになっているグロリアが映し出されるが――少女は抵抗することなく、ただ嗚咽を漏らして泣いているようであった。
イラストを近況報告にあげたので、よかったらご覧ください!




