2-17:魔族と魔王軍について 上
駐屯地で三時間ほど仮眠をとって後、少女たちと供に城壁の外に出て地下道の入口へと向かうことになった。
「むー……」
そして案の定だが、一服盛られたソフィアはクラウに対してご立腹の様子だった。クラウもソフィアの膨れた頬と無言の抗議に、どう取り繕ったものかと悩んでいる様子だった。
「……私はクラウの判断、悪くなかったと思うわよ」
そうフォローに入ったのは先頭を歩くエルだ。フォローしてもらったことが嬉しかったのか、クラウは後ろでそうだそうだと小声で抗議をしている。
「ソフィア、アナタいつ倒れてもおかしくないくらいだったのだから。それに、夜までは恐らく大丈夫よ」
「えっ、なんで?」
「まぁ、勘でしかないけれど……昨晩襲ってきたのは上級アンデッドだった。それなら、街に潜む魔族は、アンデッドがその中核を占めているかもしれない」
エルの言葉に、ソフィアは少し考え込んだ後、頷いた。
「確かに、街を襲撃するなら、夜のほうが灯りも少なく、兵たちも全力を出しにくい。それに、アンデッドなら、レヴァルの住民をそのまま彼らの仲間に引きずり込むことも可能……アンデッドを送り込み、夜に襲撃をかけることは、合理的と言えるかもしれないね」
アンデッドはアンデッドを生む、なんだかゾンビ映画みたいだ――そんなこと思っている傍で、クラウが胸を突き出してえっへん、とポーズを取っている。
「そ、そうなのです! 私はそこまで読んでですね……!」
「嘘だな」
「嘘ね」
自分とエルの突っ込みが入ったことで、クラウはガーンとうなだれてしまう。
「うぅ……でもですね、私としてもソフィアちゃんが心配で……」
「あぁ、それはそうだな……俺も、クラウの判断は良かったと思うぞ」
「アラン君……!」
「ま、やり方はあったと思うがな?」
「がはっ……!」
「もちろん、ひと眠りしようと説得しても、准将殿は聞いてくれなさそうだったってのは同意だが」
クラウ一人を悪者にするのも悪いか、そう思いながらソフィアの方を見ると、今度はこちらを見ながら頬を膨らませていた。
「むー……アランさんまで。みんな私のことをなんだと思ってるのかなぁ?」
「頑固者?」
「熟考する鉄砲玉」
「魔族絶対倒すウーマンちゃんです」
自分以外のソフィア評が割とひどい。いや、頑固者もひどいのかもしれないが、しかしクラウの語彙センスに正直噴き出しそうになってしまう。三者三様の酷評を受け、ソフィアはショックだったのか、杖を両手で持って悲し気な表情を見せる。しかし、すぐに一転し、少女は笑い出した。
「ふふ、なんだか、こんな風にストレートに言われたのも初めて……遠慮がないってことなのかな?」
「そうですよ、ソフィアちゃん。私たちはパーティー……仲間なんですから」
「そっかぁ……ふふ、そうだね」
ソフィアは仲間という響きが気に入ったのか、どうやらクラウの悪行を水に流してくれたようだった。しかし、仲間か、確かに良い響きだ――そう思っていると、ふと微笑を浮かべているエルと目があった。しかし、すぐにいつものすまし顔に戻ってしまう。
「おい、エル」
「……何よ」
「にやついてだろ?」
「そんなことはないわ」
「見たぞ」
「アナタの瞳が濁っているだけよ」
「まったく、素直じゃないやつだ」
「……余計なお世話よ」
そう言いながら、エルは横髪を抑えて表情を隠してしまった。ここでしばらく場に沈黙が落ち、なんだか気まずいので、思いついた質問をぶつけてみることにする。
「そう言えば、昨日の魔族……アルカードなんちゃらさん、アレは有名な魔族なのか?」
この質問に対しては、クラウが首を振った。
「アルカード・シスとか偉そうに名乗ってましたけど、全然聞いたことありません。一応、ヴァンパイアロードは高位の魔族ですけど、魔将軍ほどではありませんね」
そう言えば、以前にポロっとエルが魔将軍とかいう名を出していた気がする。名前からして明らかに強そうであり、恐らく四天王とかそういう系統の連中に違いない。
「なぁ、魔将軍について聞いてもいいか?」
「いいですけど……ソフィアちゃんのほうが詳しいですかね?」
そう言いながらクラウがソフィアのほうを向き直ると、ソフィアはその視線に合わせて胸を突き出して腕を腰に当てた。
「任せて! ……クラウさんの真似」
「なんだか知らないけど負けました……!」
「えへへ……よく分からないけど勝ったよ!」
ソフィアはすっかり機嫌を戻したようで良かった。少女二人で笑い合って後、ソフィアがこちらへ向き直ってくる。
「えぇっと、魔将軍に関してだね。魔将軍は、魔王の副官とも言える三人の強力な魔人だよ。一人は不死たるものの王【リッチ】、ネストリウス。ただ、ネストリウスは既に半年前に勇者様によって討伐されているね」
「ふむ。討伐されているなら深く聞く必要もないかもだが、一応どんなやつだったか聞いてもいいか?」
「うん。ネストリウスは……実は、元々人間だったみたいなの。邪神ティグリスに傾倒したとして教会を追われ、そのまま魔道に落ちたみたい……。
ダークプリーストの異名のまま、最高位の闇魔法を使い、万の不死者を操る不死者の王。レムリアの侵攻を行っていたのがネストリウスだったんだ」
なるほど、魔族に傾倒する人間が居るとは昨晩聞いたが、まさか魔将軍にまで昇り詰めているものがいたとは。ふと、一瞬クラウの横顔を見る。それは、ジャンヌとの繋がりという点ではなく、教会を追われた、という点がネストリウスとクラウとで一致していたからだ。
しかし、彼女が少女を見る目は優しい。彼女は、決して人間世界に絶望などしていない、だから、大丈夫だ――そう思い、ソフィアに続きを聞くことにする。
「ネストリウスについてはわかった。他のやつについて教えてくれ」
「うん。二人目は、地獄の騎士【レイバーロード】、イブラヒム。イブラヒムは、バルバロッサの地を拠点としている魔族なんだ。この先に、魔王城があるから……バルバロッサは、人類と魔族の争いの最前線だったことになるね」
「そのイブラヒムってやつは強いのか?」
こちらの質問に対し、ソフィアではなくクラウが呆れた顔で振り返る。
「アラン君、そりゃ魔将軍なんだから強いに決まってるじゃないですか」
「まぁ、それもそうだな……でも、無敵の勇者がいるバルバロッサを落とすほどなんだ、きっと相当の手練れなんだろうな」
そう呟いて見せると、ソフィアの方はうーん、と首をかしげているようだった。
「なんだ、予想外なのか?」
「うーん、もちろんイブラヒムは強力な魔族。邪悪な亜人を統括し、自身も相当な武人だって聞いているけれど……」
「ふむ……?」
ソフィアにしては、なんだか歯切れが悪い。先行するエルが振り返って
「無理もないわ。魔王は不変の存在だけれど、魔将軍は代ごとに入れ替わっているもの。ネストリウスは倒された魔将だから情報も多いけど、イブラヒムに関してそう情報は多くないのよ」
「なるほどな。だから、勇者を圧倒できるほどの実力があるかは誰にも分からない訳か。逆に、魔王についてもう少し詳しく聞きたいが……先に、三人目の魔将軍について教えてくれ」
改めてソフィアに向き直ると、少女は頷いた。
「三人目は、奈落の君主【アーチデーモン】タルタロス。悪霊や悪魔を従え、第七階層レベルの大魔術を使う強力な悪魔と言われてるね」
「なるほどな。それで、そいつはどこにいるんだ?」
こちらの質問に対しては、ソフィアは首を横に振った。
「タルタロスは、その居場所が分からないの。恐らく、魔王の参謀として魔王城にいるって考えるのが自然だけれど……」
そこで少女は一旦言葉を切り、口元に手をあてて考え事をし始めているようだった。




