10-39:共同生活の始まり 下
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「おい、グロリア待て!」
視線の主は一度振り向いて少女の背中に声を掛けるが、対するグロリアは制止の声も聞かずに走り去っていったしまった。一度状況を確認するためだろう、画面内のべスターは開け放たれたままのコンテナハウスの中へと入り、呑気にソファーで寝っ転がっている右京の方へと視点を定めた。
「おい、何が起きたんだ?」
「僕よりも、アランさんに聞いた方が早いんじゃないかな?」
右京の視線の先にいるオリジナルは、表情こそ仮面で見えないが、見るからに肩を落としていた。それで事態を察したのだろう、べスターは改めて右京の方へと視線を戻した。
「右京、グロリアを追いかけてくれないか?」
「何とかしてあげたい気持ちもなくは無いけど、僕は女の子が苦手でさ。とくにああいう時は何を言っても聞かないし、遠慮願いたいんだけど」
「あのなぁ……人がいるだけで落ち着く場合もあるだろう?」
「それこそ、アランさんが行った方が良いんじゃないかい? 二人の問題なわけだしさ」
「それは少し落ち着いてからの方が良いだろう。別に説得をしてくれなくたっていい、ただここに呼び戻してさえくれれば……あの子が飛行能力で脱走するを避けたいんだ」
「それは確かに……分かった、ひとまずここに戻るようには声をかけてくるよ」
右京はソファーから立ち上がって、べスターの横を小走りに通り抜けていった。男はそこでポケットから煙草を取り出し――禁煙だったことを思い出したのだろう、掴みかけていたフィルターを元に戻すと、そのまま扉を閉めて落ち込んでいる虎の方に向き直った。
「どうして話したんだ?」
「お前の言い分も分かる……でも、あの子の父を奪っておいて、それを黙ったまま一緒には笑えない……そう思ったんだ」
「仮に許されないとしてもか?」
「あぁ……確かに、ローレンス・アシモフを暗殺した時にはその覚悟があった訳じゃないが、本来は人を殺すっていうのはこういうことなんだ」
「はぁ……お前は馬鹿だと言いたいところだが、その罪を背負わせたのは他でもないオレだからな……」
べスターはキッチンの方へと移動し、手に持っていた紙袋をカウンターの上に置いた。そしてその中から缶コーヒーを取り出し、プルタブを開けて口へと運んだ。
「一応聞く、今後どうするつもりだ?」
「さぁ……ただ、俺も始めたことにはけじめをつけたい。だから、この戦いが終わるまではやりとげるつもりだ。その後に、グロリアが俺のことを殺してやりたいというのなら、その時は……それでも良いかと思っている」
「オレが聞きたいのはそういうことじゃない。グロリアとの関係をどうするつもりかって聞いてるんだ」
「謝って済む問題じゃないからな。なるべく顔を合わせないようにするよ」
「はぁ……それに挟まれるオレと右京の気持ちも考えてくれよ」
喉が乾いていたのか、はたまた口寂しさを紛らわすためか、べスターはちびちびと小さなコーヒー缶をあおり続けてコンテナハウスについている窓の外へと視線をやった。
「しかし、正直意外だった。あの子は両親を嫌っていると思っていたからな。まさか、あそこまで取り乱すとは」
「その辺は両立するってだけだろう。親を嫌う感情があっても、どうやったって親は親だ……それが他人に命を奪われたとなれば、納得できないのも頷ける」
「確かに……その辺りは、オレも人のことは言えないな」
べスターも、元々父のことをそこまで好意的に思っていた訳ではないが故、グロリアの気持ちを理解できたのだろう――男はそのまま缶を一気にあおり、飲み終わったそれをゴミ箱に捨てたタイミングで、コンテナハウスの扉が勢いよく開け放たれた。
「……残念ながら、べスターさんの言う通りになってしまったようだよ」
神妙な表情を浮かべる右京の後ろには、馬鹿みたいな晴天と、遠景に見える都市部の摩天楼群が映し出され――そこには僅かにだが、黒い煙の筋が立ち上がっているのが見えた。




