10-37:共同生活の始まり 上
「これが、星右京とオリジナルとの出会いだった」
ブラウン管の外側で、べスターは気だるげに煙を吐き出しながらそう言った。
「……何か、思うところはあったか?」
「唐突だな……まぁ、何点かある。まず、シンイチと右京の顔は思ったほど似ていないが、所作はそっくりだって所かな」
細かく見れば右京譲りの部分もあるようだが、どちらかと言えばシンイチは晴子に似ているのだろう。これならば、シンイチと右京は親子と言われないと気付かないレベルかもしれない。所作に関しても自分はシンイチに右京が宿っていたことを知っているので気付けたが、まさか人格の転写や脳の移植などべスターは知らなかった訳であり、少なくとも魔王征伐や王都の時点では気付かなかったのは彼の落ち度では無いと言えるだろう。
所作の他にも思ったことがある。それを伝えるため、相変わらず顎を椅子の背の上に乗せている男の方へと向き直る。
「あとは……この時の右京は、善意から俺とグロリアを救ってくれたように思う」
「ほぅ、なんでだ?」
「もちろん勘が先行するんだが、それらしい理由をつけることはできる。もしアイツが単純な二重スパイでクラークに傾倒していたのなら、むしろあの時がオリジナルを倒す絶好のチャンスだったからだ。
それに、さっきお前自身が言っていたよな? この時の右京は、まだスパイをしてたわけじゃないんだろうって……それなら、この時は単純に善意から俺たちを誘導してくれたんじゃないか?」
べスターは吸い込んだ煙を吐き出し終えてから、こちらの意見に対して首を振った。
「オレは右京がACOに接近してきた目的を把握している。アイツは、デイビット・クラークを倒せる可能性を探していたんだ。恐らく、DAPAという組織を想いのままに操るのに、クラークの存在が大きすぎるから、排除できるだけの力を持つ者の到来を待っていたんだろう。
そして原初の虎はJaUNTに対して反応して見せた……恐らくそれを見て、右京はアラン・スミスを利用して、クラークを倒そうと閃いた。だから助けたんだ」
べスターの仮説はもっともらしく、未来の立場から俯瞰して見た時には――同時に、星右京という男がこの後に取った選択から見れば、自分の考えよりべスターの考えの方が自然な様にすら思う。
右京からしてみれば、いずれクラークを倒すことを想定するのならば、瞬間移動に対処した虎を生かしておいた方がチャンスが広がる訳だ。しかし――。
「お前の言うことはもっともだよべスター。でも、この時の右京が善意を持っていたというのは、お前の意見と矛盾せずに並立できると思う。
あんまり良い言い方じゃないが、利用しようって相手に対して、同情や共感しちゃならないって理由にはならないからな」
自分の考えとしてはこうだ。恐らく、べスターの意見は、右京の実利という観点からして見ると正しい。だが、感情の部分としては、二人の脱出を手助けしたいという考えも共存していたのだと。
こちらの想像に対し、べスターは無表情に煙を吸い込み、また気だるげに吐き出しながら首を横に振った。
「……仮にお前の意見が正しかったとしてもだ。利用しようって相手に同情するなんて、傲慢だとは思うがな」
「あぁ、その通り……そしてそれは、きっとアイツ自身が痛いほど分かってるんだ」
そしてそれこそが、星右京という人物の難しさを言い表しているのだ。彼の中には標準的な倫理観や正義感が確かに存在する様に思う。しかし、彼の目指すところにはそれらが障害となるケースが往々としてあり、彼は悩んだ挙句に実利を取って心を痛めている――そんな風に思うのだ。
「随分とアイツの肩を持つんだな」
「一つ断っておくが、アイツを許せないって気持ちは間違いなくあるぜ。仮にアイツの性根が悪いもんじゃないって言うのが事実だったとしても、それは星右京の選択を擁護できる範疇を遥かに超えてしまっているからな」
仮に現世に戻れたとしたら、自分は間違いなく星右京を止めに行くだろう。だが、それとは別にアイツは難しい奴だと同情することは、また矛盾なく並立しうる、それだけの話だ。
「しかし……アイツ、なんであんな所に居たんだ?」
「逆探知されるリスクを考慮して、仕事をする時にはあんな風に空き家を使っていたらしい。ネットには、死んでいるとされていたいくつかの衛星を利用していたようだな……ついでに、この後の任務にも、アイツはオレとは別行動で、どこかの廃墟からお前の潜入を手助けしていたんだ……特殊なケースの場合には、オレと同行することもあったがな」




