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10-36:摩天楼からの脱出 下

「……何が起こった?」

「……アランさん、僕が誘導する」


 べスターが待機している車内にも聞こえてきたその声に、自分は聞き覚えがあった。もちろん、肉体は別だから声そのものは厳密に言えば違うのだが――喋り方や雰囲気がアイツのものに酷似している。


 とはいえ、画面内のオリジナルはこの時に初めて彼の声を聞いたのであり、「お前、誰だ?」と声の主に返事を返していた。


「細かいことは後だ……どの道捕捉されているし、今のまま飛んでいったところで絶体絶命。それなら、僕の言うことに賭けてみる価値はあると思わないかい?」


 正体不明の通信主ともなれば、当然罠の可能性も考えるべきなのだろうが――ヘリが離脱し、また虎のコードネームを知っているとなれば、声の主の正体は一人しかいないだろう、オリジナルもそれを察したのか、「そうだな」と返して頷いたようだった。


「それで、どっちへ行けばいい? 凄腕さんよ」

「その呼び方を変えてくれたら、キチンとナビゲートするよ……ひとまず南の方、ヘリと反対方向へゆっくりと下降していってくれ。衛星や着地先の監視カメラの映像を偽装して、奴らから追跡されないようにするから」

「了解だ……後で名前を教えてくれよ。そうしないと凄腕としか呼べないからな」

「……あぁ、こちらも了解だ」


 通信の動向を見守るべスターも、とくに口を差し挟みはしなかった。彼もまた、この状況を打破するにはハッカーのナビゲートに頼らざるを得ないことを承知しており、またこの土壇場で彼が裏切らないことに賭けるしかなかったからだろう。


 ともかく、オリジナルたちはゆっくりと下降を始め、同じくらいの高さが連なるビル群の屋上に着地した。その後はオリジナルが少女を抱えて――腕に抱えている時は結構わめいていたが――建物の隙間をワイヤーで下り、狭い路地裏へと降り立つことに成功した。


 時刻としてはすでに日を跨いでおり、人通りもかなり少ないことも助けとなり、虎と少女は誰にも見られないように路地を歩き回って移動を続けた。その間も、ハッカーからの通信は続いており――彼らの行く先の監視カメラの映像を改竄しながら、どこかへとナビゲートをしてくれていた。


 そのため移動中にDAPAによって襲撃される可能性は低いのだが、別の意味でまだ危険は伴っていた。というのも、深夜に少女を連れている仮面の男だなんて印象に残るし、カメラには残らないと言っても誰かに目撃されるのはマズい。その上――。


「ふぅ……ふぅ……もう、歩けないわ……飛んでいったらダメ?」

「あのな、一人で飛んでいったら速攻で捕捉されるぞ?」

「うぅ……臭いし汚いし、外ってあんまり良い所じゃないわね」


 路地裏を先行する虎の背後で、グロリアが壁に手をついて肩で息をしている。もう一つの課題はこれで、グロリアの体力では長距離の移動に手こずるというのがあった。彼女の祖国の慣習のおかげか、私室内でも靴だけは履いていてくれたのは幸いだが、薄い寝間着は既にほこりにまみれて汚れており――少女は壁に寄りかかって動けなくなってしまった。


「もう歩けない……」

「仕方ない……ほら」


 言葉と共にアラン・スミスのアイカメラの位置が下がった。どうやら少女をおぶるためにしゃがみ込んだようだ。


「……けが人におんぶされるほど、落ちぶれちゃいないわ」

「それより、動けなくなる方が困る」

「うぅ……いいの、頑張るから!」


 アラン・スミスが立ち上がって振り返ると、グロリアは壁から身体を離してオリジナルの隣に並んだ。


「……そっか。それなら、頑張ろうな、グロリア」


 オリジナルが残っている右手で癖っ毛を撫でると、グロリアは「もう……子ども扱いして!」と頬を膨らませる。そのまましばらく無言で歩き続けると、少女の方から「ねぇ」と小さく声が上がった。


「アナタ、名前は何て言うの?」

「どうもこうも、ご存じサンタクロースさ」

「あのねぇ……いい加減にしないと怒るわよ?」


 更に不機嫌を加速させる少女に対し、流石にふざけすぎたと反省したのか、オリジナルは「アラン・スミスと名乗っている」と返した。


「名乗っているって……本名じゃないの?」

「あぁ。悪いけど本名は機密でね。本当は、アラン・スミスっていうのもあんまり広めちゃいけないというか……俺の存在自体が、世間的には無いことになってるからな」

「そう……私と同じね」

「知っていたのか?」

「えぇ……確かにあのビルに閉じ込められて長いし、世間知らずでなことを自覚してない訳じゃないけれど、代わりにたくさん本を読んできたから……ある程度の分別はあるつもりよ。

 だから、世間的には私がいないことになっているのは理解しているつもり」

「そうか……」

「……アナタはそれでもいいの?」

「難しいな……まぁ、思うところがない訳でもないが、ひとまず納得してない訳じゃない、くらいではあるな」


 会話を続けながらもゆっくりと、しかし着実に進み、最終的には二人は旧市街の一角にある廃ビルにまで移動してきていた。長いあいだ放置されているせいだろう、老朽化も進んでおり、足場には瓦礫やゴミが散乱している。


 アラン・スミスが先行し、床の状態や周りの気配を感知しながら建物の中を進んでいき、最後にはエレベーターの扉の前まで辿り着いたタイミングで、ナビゲーターからの通信が入った。


「そのエレベーターに乗ってくれ」

「それは良いんだが……電気は来ているのか?」

「あぁ、問題なく乗れるよ……今だけ電気を拝借しているからね」


 虎がエレベーターのボタンを操作すると、確かにエレベーターは作動して扉が開かれた。グロリアと共に乗り込むと、自動でエレベーターは最上階へと移動を始め――扉が開かれた先は元々どこかのオフィスだったのだろう、机や椅子が散乱している広い部屋だった。


 長時間の移動のために夜が明けたらしく、窓の外は明るくなり始めている。そして、僅かにした物音の方へとオリジナルが視線を向けると、広い部屋の中の端っこでノートパソコンを閉じている一つのシルエットがあった。


 そこに居たのは、一見すると高校生といった感じの少年だった。顔立ちは繊細そうで整っているが、一方であどけなくも見えるので、十代後半と言う印象ではある。しかし同時に、どことなく底の知れない雰囲気もあるせいか、実のところはもう少し歳はいっているのかもしれないという気もしてくる。


 ここまで誘導してくれたナビゲーターは、虎と視線が合うと立ち上がり、椅子に掛けていた上着を手に取った。


「二人とも、お疲れ様。ここで一晩休んで、夜になったらべスターさんに迎えに来てもらおう……大丈夫、ここは安全さ。僕は買い物に行ってくることにするよ」

「あぁ、そうさせてもらおう……それで? お前のことは何て呼べばいいんだ?」

「僕は星右京……本名だよ。これからよろしくね、先輩」


 朝日を受けて輝く少年の顔には、この時より遥か未来に見たあの涼し気な微笑みが浮かんでいるのだった。

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