10-35:摩天楼からの脱出 中
「ふぅ……アナタ、なかなか無茶苦茶ね。もちろん、出してって言ったのは私な訳だけど……」
「こっちは頭の整理が追いつかないんだが……炎を出したり空を飛んだり、一体全体どういうことなんだ?」
「炎に関しては、超能力開発をされた結果ね。空を飛ぶ能力に関しては……不思議な黒い板に触れた時に、不思議な光景を見て……」
「……不思議な黒い板、か。その話、詳しく聞きたいな」
黒い板に食い付いたのは、オリジナルでなくべスターだった。ひとまず鳥かごからの脱出が済んだのを見届けて落ち着こうとしているのか、男は箱から煙草を一本取りだして咥えた。
「おいヴィクター。物騒なことを考えてるんじゃないだろうな?」
「どの道、かごの中の鳥は放たれてしまったんだ。確約もできないが、可能な限り彼女の身柄の安全は確保できるようにする」
「もし連れ帰ってエグイことするようなら、俺はボイコットを決行するからな」
「その辺りは、お前がクラークよりマシと言ってくれたオレ達のボスを信じるしかないが……グロリアの持っている情報は、今回のミスを帳消しにする材料にはなるだろう。まぁ、そもそもの情報が間違えていた訳だし、お前に落ち度は無い……」
べスターはそこで煙草に火をつけて、ゆっくりと煙を吐き出した。男はフィルターを指先につまんだまま無言になる――こういう時のべスターは、何か考え事をしていることが多い。
恐らく、「そもそもの情報が間違えていた」という点に違和感があったのだろう。今回のミッションは、今までのものとは比にならないほど高難易度であったはず。潜入の難易度という点でもそうだが、一度潜入すれば対策が施されてしまい、二度目は無い――そうなれば、ファラ・アシモフを暗殺できる機会はほとんど永久に失われるはずなのだ。
要するに、今回のミッションは上層部から与えられた情報を基に慎重に準備されているものであり、そもそもファラ・アシモフが最上階に居るという情報そのものが間違えていたということなど、あってはならないのだ。
それも、ファラ・アシモフが一時的に部屋を離れていたというのならまだ仕方ない部分もあるだろう。しかし、実際の最上階はグロリア・アシモフの牢獄であり、かなり高い可能性でファラ・アシモフはあの部屋を訪れることは無い――ともなれば、情報は間違えていたというより、もしかすると意図的に間違えた情報を流された、という考え方もできる。
「……敵はどこに潜んでいるか分からんな」
思考がまとまったのだろう、べスターは灰を切って紫煙を吸い込んだ。そこで改めてモニターを注視すると、小首を傾げている少女の可愛らしい顔が映っていた。
「アナタ、さっきからぶつくさと独り言を言っているわね。誰かと通信しているの?」
「あぁ、サンタクロース本部と連絡を取っていてな」
「まだその設定を引っ張るの? でもまぁ、自由という名のプレゼントをくれた訳だし、良しとするわ。ありがとうね、サンタさん。ついでに、外の世界を案内してくれると嬉しいのだけれど」
「ダイナミックに家出したっていうのに、なかなか呑気だね君も……!?」
虎の声が最後に上擦ったのは、恐らくだが殺気を感じたためだ。オリジナルは少女を右腕で抱き寄せのと同時に、下から発射された光線が夜の闇を切り裂き――射線の先を見ると、脱出してきた鳥かごの周りに複数体、第五世代型アンドロイド達の機影があるのが見えた。
「ちょっと!? アナタ、大丈夫!?」
「あぁ、こう見えて頑丈なんだ」
「馬鹿、腕が無くなってるじゃない!」
「便利な体なんでね。その気になれば痛覚はシャットアウトできる」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
「押し問答は後……それより、俺を放せば離脱できそうか?」
グロリアが先ほど重そうにしていたことを懸念しての質問だったのだろう。今もふらふらと空中を蛇行はしているものの、先ほど鳥かごを抜けてきた時の速度は出せていないようだった。
下からの攻撃に上乗せして、更にはヘリまで飛ばして追跡してくる気らしい、摩天楼のヘリポートでプロペラを回し始めている。このままでは二人とも生き残れないかもしれない、そう思ってオリジナルは自分を放せと言ったのだろうが――虎の胸の内にいる少女は涙目になりながら首を横に振った。
「ダメよ……怪我をしているアナタを、見捨てるなんてできない」
「大丈夫だ、どうにかする……一人で行けそうか?」
「私、外に出たことが無いのよ? 一人じゃ、どこへ行けばいいか分からないわ」
「だよな……ひとまず、ヘリからは離れるんだ……しかし、どうしたものか……」
片腕が落とされてしまっては迎撃も出来ないし、何よりオリジナルには数百メートル離れた場所への有効な攻撃手段は無いどころか、ヘリコプターを撃墜できるような強力な武装もない。ひとまずブラスターによる攻撃は距離さえ離せば何とかなるだろうが、今の速度ではヘリを振り切れないし、況や振り切れたとしても場所を捕捉されてしまっているのだ、迎撃の手は緩まらないだろうし、べスターと合流することも出来ないはずだ。
その上――屋上から距離が離れてきたことで光線による攻撃は数は減ってきたが――今度はスナイパーライフルで二人を狙ってきているらしい。それに関してはオリジナルがグロリアに指示を出し、軌道を変えることで対処は出来ているが、最終的にヘリが動き始め、二人の方へと接近し始めてきていた。
「くそ、ここまで来たら返ってはぐれるのは危険だな……グロリア、俺をヘリに投げられるか!?」
「む、無理に決まってるでしょう!?」
以前に飛んでいるスザクにクローンである自分は放り投げられた経験はあるが、より重いオリジナルを、グロリアの細腕で投げるのは確かに無理そうだ――しかしオリジナルの言う通りで、恐らくここでオリジナルを見捨てて逃げたとしても、グロリアに対する追跡は続くことになるだろう。
それなら、グロリアの発火能力で迎撃するのが良いのかもしれないが、パニックを起こしている少女に戦ってくれとはオリジナルも言えないはずだ。そのため、徐々にヘリが近づいてくるのを見守ることしかできないのが――ふと、ヘリが空中で切り返し、全く別の方向へと飛び去って行ってしまった。




