11-34:摩天楼からの脱出 上
「なっ……超能力者!?」
本物の超能力者が目の前に居たことに驚きを隠せなかったのか、アラン・スミスは素っ頓狂な声を上げた。炎が映像を映し出している壁を燃やしたせいで、デイビット・クラークの姿は見えなくなり――代わりにスクリーンの端に映っていたファラ・アシモフが、表情を険しくしながら口を開いた。
「グロリア、止めなさい!」
「アナタの言うことなんて聞かないわ! 私のことなんか、どうなってもいいと思っている癖に! こういう時だけ親の顔をしないで!」
グロリアが怒声と共に腕を振ると、炎の鞭が横薙ぎにされた。その炎に巻き込まれ、二体の第五世代型アンドロイドの胴に線が走り、切断面が溶けだして上半身が崩れ落ちた。
しかし、それが良くなかったのだろう、攻撃を受けたことで自衛プログラムが働いたのか――同時に、グロリアは彼らの保護対象になっていないせいか――アンドロイドたちは少女に対して銃口を向けた。
虎の舌打ちが聞こえるのとほぼ同時に、再び映像が一気に動いた。次に視界が安定した時には、室内の柱に身を隠し、目を瞑っているグロリアを抱きかかえている状況が映る。アラン・スミスはすぐに立ち上がり、乱暴にリュックサックを床に投げ捨てた。叩きつけられたそれからは煙が立ち昇っており、どうやらグロリアを救出する際にブラスターが掠ってしまったようだった。
「おいアラン、大丈夫か!?」
「あぁ、俺は問題ないが……落下傘がやられた」
「脱出はどうするつもりだ?」
「そんなことは、なるようになるさ……まずは、目の前の状況を打破しないとな!」
ブラスターの発射音がけたたましく鳴り響く室内に、一層大きなソニックブームの破裂音が鳴り響き――カメラが安定した時には、残っていた三体の第五世代型達がその場で崩れ落ちるのが映し出された。
しかし、息をつく暇もない。鳥かごへ増援を送るためだろう、すでにエレベーターが動き始めていた。一度に送り出されるアンドロイドの数はせいぜい五体程度であろうから、オリジナルが生き残るだけならそう難しくはないだろうが――グロリアを守りながらとなれば戦う難易度も上がるし、何より少女の安全を確保し続けるのは厳しいだろう。
画面内の虎もそれを懸念したのか、グロリアの方へと振り返ると、少女は柱の後ろから身を乗り出し、キラキラとした目線を虎へと向けていた。
「ねぇアナタ、さっき約束したでしょう? 私を連れ出してくれるって!」
「いや、そんな約束をした覚えは……」
「四の五の言わないの!」
期待のまなざしはどこへやら、少女は頬を膨らませて人差し指を突き出してきている。
「とはいえ、さっきと状況はまるで違う。クラークの言うことが本当なら、俺にあのシャッターを破れるだけの力は……」
「それなら、こうよ!」
グロリアは部屋の中央へと移動し、左手を広げて上へと突き出した。その掌から炎の渦が巻き起こり、鳥かごを閉ざしている鉄の格子に突き刺さった。アンドロイドのボディを焼ききるほどの高温は、分厚い鉄を部屋を照らしていた照明ごと焼き焦がし――真っ暗になった部屋の中、天井の中央に、暗い空を映す穴がぽっかりと空いたのだった。
「さぁ、あとは天窓を割って頂戴! 私はあのガラスを破れないの!」
「しかし、落下傘が!」
「大丈夫、私は飛べるんだから!」
グロリアは両手を握りながら、自信満々にそう告げた。
「グロリア、待ちなさい!」
「口を開けばダメとしか言わない! ママなんかだいっきらいよ!!」
グロリアはスクリーンの端に映っている母に対してそう吐き捨てた。虎は飛べるという少女の言葉を信じかねていたようだが、先ほどのパイロキネシスとファラの必死の声に確信を得たらしい、少女の方を見つめて頷いた。
「グロリア、お前を信じるぞ!」
「えっ……えぇ、任せて!」
グロリアは一瞬、驚いたように眼を見開き、しかしすぐに真剣な面持ちでアラン・スミスに頷き返した。そして音速の壁を超える破裂音が聞こえ――視界には地上の光を反射する薄暗い空が映し出され、同時にガラスが砕けるような音が聞こえてきた。
壁を蹴って上昇し、一気に強化ガラスを蹴り破ったのだろう、虎は突き出していた脚を起点に翻り――次第に宙へと跳び出した推進力を失っていき、最後には視点が下へと引かれ始めた。
「おぉ……おぉぉおおおおお!?」
重力に引かれて落下を始めるのに合わせて、アラン・スミスは間抜けな叫び声を上げ始めた。着地点を探すためか、虎は下を見るが、そこには人工の灯りが煌めく、巨大な人工物の海が横たわっているだけだった。
そして一点、先ほど突き破ってきた鳥かごの穴から、何か明るいものが飛び出し――赤々と燃える炎の両翼が近づいて来るのが見えた。
「……さぁ、私の手を!」
少女が必死に突き出した細い手を、厳ついグローブが握り返す。その瞬間、視点の落下が緩やかになり――オリジナルが上を見上げると、両手で外套を必死の形相でつかむ少女の姿があった。
「うぬぬ……重い!」
「お、おい、離さないでくれよ!?」
「ちょ、ちょっと待って。多分、調整すれば飛べるから……」
サイボーグであるオリジナルの体重は、恐らくかなりの重量があるはずだ。そうなれば、グロリアの細い腕では本来なら持てないのだろう。それでもなんとか空中で姿勢を保てているのは、彼女の浮遊能力は鳥のように羽ばたいて飛んでいるというよりは、恐らくは重力や浮力を調整して飛んでいるからのように思われる。
最終的に重力に対する調整が上手くいったのか、落下も収まり――グロリアは両手でアラン・スミスの手を握ったまま、母なる大地の月を背景に微笑んだ。




