10-33:運命の抵抗者 下
「随分と評価されているようで恐縮だが……一つ聞きたい」
「なんだね?」
「ここ数年の間で世界各地で起こっている、自動車や公共交通機関の事故。アレはお前らの仕込みか?」
そこでクラークは手から顔を離し、つまらなそうに嘆息を一つ漏らした。
「なんだ、そんなことか……まぁ、疑うのも無理はないね。それらを制御しているのは我々なのだから。だが、仮にそうだと答えとして、君はどうするかね?」
「そんなことをしている理由を教えろ」
「それはトップシークレットだ。それも組織外の人間はおろか、君が消してきた幹部の中にすら知らない者が居るレベルのね」
「つまり、やったことは否定しないんだな」
「君は恐ろしく勘が鋭そうだ。こう見えてそこそこ長く生きているから、化かし合いも得意だとは自負しているが……君は嘘を言って納得するタイプでもあるまい」
そこでクラークは言葉を切って立ち上がり、手を背中で組みながら、窓の方へとゆっくりと歩き始めた。
「人類は、現在大きな選択を迫られているのだよ。進化に関する永久の袋小路に彷徨うことになるか、絶対の進化を成し遂げ万物を超える存在になるか。
そして、民主主義的な話し合いで纏め上げるなどという悠長なことはしていられないほど、タイムリミットは差し迫っているのだ」
自分はチェンたちから情報を共有されているから、クラークの言わんとすることは理解できる――旧人類が永久に三次元の檻から出られなくなることを進化の袋小路と表現し、高次元存在を降ろすことを絶対の進化と称しているのだろう。
偉丈夫は背を向けたまま、ただ太陽を見つめながら話しを続ける――その様子は、まるで地になど興味はなく、ただ天にだけ価値があるという雰囲気だ。
「私は運命の奴隷になどなるつもりはない。そして、これは私個人の願望ではない……定めに抗おうとする強い意志を持つものは、みな潜在的に持っている願いであるはずだ。私はそういった優秀で、未来ある人々のため、苛烈な決断をしたに過ぎないのだよ」
「言っていることの意味は全然分からないが、つまり……そのために誰かが犠牲になることは問題じゃないってことか?」
アラン・スミスの質問に対し、クラークはやっと振り返り、一点の迷いもなく頷き、机に戻って再び深く椅子に腰かけた。
「そういうことだ。私は運命を切り開こうという強者を愛するが、口を開けながら空を見上げて施しを待つ弱者は淘汰されればいいと思っている。私の言う人類に前者は含まれるが、後者は含まれない……弱き者はただの乞食であり、知的生命体と呼べないからだ」
「そうかい……それなら、俺の答えはこれだ!」
虎は咆哮と共に投擲用のナイフを取り出し、それをスクリーンに向けて投げ出した。その軌道は寸分の狂いもなく男の額を捉え――しかし実際に当たる訳でもないのに、デイビット・クラークは首を傾け、襲い掛かる凶刃を躱した。
「逆に聞いても良いかね? どうして君は国際機関の犬になどなり下がっているのか……」
「なり下がっているつもりはないし、ただの成り行きだが……少なくとも、お前に着いて行くよりはマシだと確信したよ」
オリジナルの意見には、全く自分も同意だった。先ほど言語化出来なかった部分が、今なら少し説明できる――この男は強すぎるが故、虎とは相容れないのだろうと。
強いというのは、物理的な意味合いではない。もちろん、先ほどナイフを受け止めた体さばきに、投擲ナイフを躱す反射神経まで備えているのだから、肉体が強いのはもちろんだが――更に恐ろしいのは意志の強さだ。
今まで自分が対峙してきた者たちは、もっと人間臭かったように思う。それは、肉体という器のもつ生物の本能と、魂の持つ理性とが衝突し合った結果、生じた自己矛盾を解消するために出る迷いや弱さが垣間見えていたとも言える。
しかし、この男にはそれがない。迷いも弱さもなく、ただ自分の意志こそが正義であるということに疑いもない。それ故に迷いなく弱者を踏みにじることが出来る――そう言ったある種の冷酷さと強靭さがあるのだ。
これがDAPAの創始者にして、カリスマ――運命の抵抗者。この男が存命していたら、多種多様な人間世界は終わりを告げるだろう。原初の虎はこの男を最終的に倒した、その顛末を知っていてなお、この男を放置してはならないと自分の本能が告げていた。
対してクラークは、勧誘が上手くいかなったことにため息を吐き、ナイフを避けたまま頬杖をついて話を続ける。
「解せないね……政府など、民主主義という名の元に、偽りの自由と平等を振りかざし、既得権益の温床となり下がっている腐った存在だというのに……まぁ良い。どのみち袋の鼠だ。天井を覆うシャッターは、君が音速でぶつかっても破られない規格になっているからね。もう少し交渉を続けてみて、手なずけられなさそうなら処分をするだけだ」
「……いい加減にして! 大人同士で勝手に話を進めないでよ!」
虎の視点が移ると、少女の眉間あたりに火花が散り――そこから炎の渦が、少女の前髪を揺らして勢いよく照射された。




