10-30:鳥かごの中の少女 下
「グロリア・アシモフが生きていたとはな」
「あぁ……しかし、そうなると、俺は……」
べスターからの通信に対し、アラン・スミスはそれだけ言って押し黙ってしまった。この時のオリジナルの心境としては次の様なものだろう――親を殺してしまった自分は、この子にどう向き合えばいいのか。
確かに、ローレンス・アシモフは娘を放って不倫をしていたのも確かだし、こんな場所に娘を幽閉するのも肯定していたのだから、良い親でなかったのは確かだ。しかし、善悪を差し引いても、やはり誰かの命を――人の子の親を奪って良いことにはならない。
さらに言えば、オリジナルは彼女の父だけでなく、母までも亡き者にしようとこの摩天楼に臨んだのだ。結果的には一万年後もファラ・アシモフは存命であったのだから、オリジナルは彼女の両親までを奪うという残虐を行わずには済んだわけだが、それでも殺意を持って――仕事という側面もあるので、ある種事務的でもあるが――この鳥かごに来たのは間違いないのだから。
「ちょっとアナタ変よ? 何かぶつくさと言ってると思ったら、急に押し黙って……」
虎が伏し目がちに見ていた少女は、不思議そうに小首を傾げながらそう言った。しかし声をかけても反応が無いことに腹を立てたのか――というより、仮面から言葉を引き出そうと思っているのだろう、グロリアは悪戯な笑顔を浮かべて口を開いた。
「……大きな声を出すわよ?」
「おっと。それは勘弁して欲しいな」
「なるほど……大声を出されては困る、つまりアナタは不法侵入者ね?」
不法侵入の不審者に対する態度としては、グロリアの口調は柔らかい。雰囲気は母親譲りなのか聡明そうで、難しい言葉も平然と使っている――なんとなくだが、出会った当初ソフィアに雰囲気が近いようにも思われた。
とはいえ、やはりソフィアとの違いもある。ソフィアは大人に囲まれて生きてきたので大人向けの対応を熟知していたのに対し、グロリアは大人に対する対応が年相応というか、無邪気で幼いように見える。きっとこの辺りは、環境の違いだろう――恐らくグロリアは、あまり人と接点を持たずに生活をしてきたのだろうから。
「でも、ここに来られる不法侵入者なんて大したものよ。誇っていいと思う……」
グロリアはなんだか少し楽しそうにそこまで言って、何か思うところがあったのか、口元に指を置いて何か考え事をし始めた。そして両の手をぽん、と叩いて、可愛らしくも生意気そうな笑顔を浮かべた。
「ねぇサンタさん。ここから私を連れ出してくれない?」
「……はぁ?」
「ここまで忍び込める腕があるんなら、私を連れ出すことだってできるでしょう?」
「待て、待て待て待て……」
「うぅん、何か報酬が無いとダメかしらね? でも、私に払える物は何もないし……」
グロリアは一瞬困ったような表情を浮かべて天を仰ぐ――するとまたすぐに何か閃いたのか、再び手を叩いて後、左手の人差し指で天井を指した。
「それなら、あの天井を壊してくれるだけでも良いわ! そうすれば、私も勝手に脱出するから!」
「あのな、そういう問題じゃないだろう……というか、話が飛躍しすぎだ。お前みたいな小さい子を連れ出せるわけがない」
「だから、連れ出してくれなくっても良い。アナタはあの耐熱ガラスを破壊するだけで良いの。私はこの檻を抜け出して、自由になりたいんだけなんだから」
グロリアは言葉を切って立ち上がり、ベッドの横に置いてあった靴を履いて室内を歩き始める。薄手の寝間着から覗く手足が月明かりに照らされて青白く輝き――その細い四肢を見るだけで、普段から彼女が運動もしていないし、外にも出ていないのだろうと推測された。
「ママもパパも、私のことが嫌いなのよ。だから会いに来てもくれないし、私をこんな場所に押し込んで……それだけじゃないわ。たくさん注射を打たれて、変なテストをたくさんやらされて……」
少女は部屋の中央まで移動し、憂い顔で机の表面を指先でなぞった。
「テストを頑張れば職員の人は褒めてくれるけど、全然本心なんかじゃないんだから。大人たちはみんな機械みたい……うぅん、もっとひどい。私を実験の道具として使ってるの」
「俺だって、君から見たら大人だ」
「えぇ、そうね……でも、サンタクロースなんでしょう? サンタクロースは子供の味方。最後に来たのは五歳の時だから、八年分をうんと奮発してもらわなきゃ」
先ほどの悲し気な表情はどこへやら、グロリアは悪戯な笑顔を浮かべながら虎の方を見た。利発そうな彼女のことだ、サンタクロースなどが本当にいる訳でないことは承知の上だろうが――その上で身の上話をし、オリジナルのジョークを逆手に取って、断りにくい状況を創り出したのだろう。
「良い子に希望をふりまく代わりに、悪い大人に死をふりまくと考えれば、お前さんはサンタクロースと正反対な存在なわけだが……ともかく、口は災いの元だな」
べスターの皮肉たっぷりの言葉に対し、アラン・スミスはグロリアから視線を外し、小さな声で答え始める。
「あぁ、あんまり適当なことを言うべきじゃないな……しかしどうする?」
「それはグロリアの処遇についてか? それとも、ファラ・アシモフの暗殺についてか?」
「両方だ……流石にこんなことは予想していなかったからな」
「行方不明と偽装して、グロリアを秘密裏にこんなところに幽閉していた理由は気になるが……オレ達は児童相談所じゃないんだ。そうなれば、アシモフの暗殺が優先だ」
「とはいえ、どこにいるかも分からないんだぞ? そもそも、この建物内に居ないことだって考えられる」
「そうだな。ともかく、そこから離れるんだ、あんまり一か所に長居をしていると……」
べスターが話をしている途中で、虎のいる部屋の様相が変わり始める。天井を走っていた金属の柱からシャッターが飛び出て、天窓をすっぽりと覆ってしまったのだ。それと同時に照明が着くと、部屋の中が一気に明るくなり――エレベーターの扉が開き、そこから姿を現している第五世代型アンドロイド達が五体ほど部屋に押し入り、銃口を虎の方へと向けてきたのだった。




