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10-29:鳥かごの中の少女 上

「……どういうことだ?」


 アラン・スミスから共有されている映像を見て、べスターはそう呟いた。恐らく会話で少女を起こさないためだろう、虎はベッドから離れて壁際へと移動した。


「それは俺が聞きたいぜ。四十代の女社長が寝ていると思ったら、まさか女の子が寝ているだなんてな。ファラ・アシモフに子供は居るのか?」

「ちょっと待て……いや、いないはずだ」

「本当か? 確か……そう、リーゼロッテ・ハインラインがローレンス・アシモフに対して、家族に向き合うべきと言っていたな。子供が居なかったら、奥さんに、とか言ったんじゃないか?」

「いや、正確には居た、というのが正しいか。グロリア・アシモフという子供が居たらしいんだが、五年前に身代金目当ての誘拐が為され、そのまま行方不明になっていたそうだ。しかし、犯人がその後どうなったかなど細かい情報はないな……」


 べスターは先日のファラ・アシモフに関する資料を繰り返し見ながらアラン・スミスの質問に答え、グロリアに関する記述を読み終えると煙草を一本取りだした。


「なんだかきな臭くなってきたな……しかし、写真で見たファラ・アシモフの面影が、どことなくあの子にもあるように見えるぜ」


 アランの言葉に対し、べスターは持っている書類を一度表紙に戻し、更に一枚をめくってファラ・アシモフの写真を眺める。自分から見ると、くせ毛の美人といった印象――恐らく美容にはそんなに執着していないのだろう、金持ちのわりにけばい印象は全くなく、しかし四十代と言うほど老けているようには見えないのは素材が良いおかげだろう。どことなく目つきが鋭く、白衣のおかげか利発そうな顔立ちがより聡明そうに映っている。


 オリジナルが言ったよう、本来のファラ・アシモフは――自分の知る彼女は落ち着いた老婆だったが、こちらは少々きつそうな印象を受ける――先ほど見た少女とどことなく目鼻立ちは似ているように思われる。更に言えば画面外のべスターが、グロリアは鳥かごに閉じ込められていたと以前に言っていたことを思い出す。そうなれば、恐らくベッドで眠っていた少女こそ、グロリア・アシモフで間違いなさそうだ。


 自分がそんな考察をしている傍らで、画面内のアラン・スミスが「それに」と話を続ける。


「仮にあの子がグロリアであろうとなかろうと、ここにファラ・アシモフが居ないのは確かだ。偽情報を掴まされたのか?」

「いや、彼女は私室に娘を招いていて、今は浴室か何かにいるという可能性も……」

「この部屋、見ただろう? 最新テクノロジーを研究している女社長の部屋には見えないな。強いて言えば、ここは……」


 牢獄だ、恐らくオリジナルはそう言いたかったのだろう。しかし最後まで言うことなく、オリジナルは言葉を切って振り返った。


「うぅん……ベディ?」


 虎の視線の先には、上半身を起こして眠気眼を手の甲で擦る少女の姿があった。室内から聞こえた音の気配を手繰っているのだろう、ボンヤリとしたままの眼で月明かりで照らされている室内をきょろきょろと見つめている。


「おいアラン、叫ばれては面倒だ。お前の信条は分かっているが、せめて気絶でもさせて……」

「あのな、こんな小さい子を気絶させるようなことをしたら後遺症の一つでも残るかもしれないだろう?」


 虎の返答が手がかりになったのだろう、少女は暗がりに侵入者を見つけたようだ。少女の視線は虎のアイカメラとぴたりと合う。しかしまだ頭が冴えていないおかげか、知らない者が室内にいることにたいしては驚きよりも、不思議という感情が勝っている表情を浮かべていた。


「残念ながら、俺はそのベティとやらではないな。ついでに、大人しくしてくれると大変助かるんだが……」


 オリジナルがゆっくりと交渉を切り出すと、徐々に意識が覚醒してきたのだろう、少女は警戒を深めて虎をじっと見つめてくる。


「アナタ、何者?」

「そうだな……季節外れのサンタクロース、とか言うのはどうだ?」

「何言ってるの。サンタクロースは赤い服を着たおじいさんよ。少なくとも、アナタみたいに変な仮面を被っている怪しい奴じゃないはずね」

「勝手に人の家に侵入するという点では大差ないと思うけどな」


 アラン・スミスの適当極まる返答に対して――周りからしてみると自分もこんな感じで話していたと思うと、ある意味恥ずかしくて眩暈がする心地になるが――少女は意外なほど真面目に対応してくれている。謎の侵入者への不信感よりも興味本位が勝っているらしく、何やら顎に手を当てて考え込み、そして何か思いついたのだろう、目を細めてしたり顔で口を開いた。


「ははぁ、分かった。アナタ、新しく私の世話用に送られてきた第四世代型ね? でも、あおいにくさま。私はベティ以外の世話係は認めないし……そうでなくとも、自分の身の回りのことは自分で出来るわ」


 そう言いながら少女はベッドの縁の縁に座り直し、足をぶらぶらさせながら改めてオリジナルの方をじろじろと見つめてくる。しかし、自らの言葉に彼女自身が違和感を覚えたのか、今度は訝しむ様な表情を浮かべた。


「でも、第四世代型は普通、人間と同じような外観をするわよね。何より、第四世代型があんなつまらないジョークを言うかしら?」

「つまらなくて悪かったな。ついでに、俺は第四世代型でもないぞ」

「それじゃあ、何だっていうの?」

「質問に質問を返すようで悪いが……君は一体何者だ?」

「私? アナタ、私を知らないの? 私はグロリア……ただのグロリアよ」


 グロリアと名乗った少女は、どことなく不機嫌な雰囲気だ。ただのグロリア、出会った当初に黒衣の剣士が自身を「ただのエル」と称していたことを思い出す――こういう表現をする時は、自身の素性を隠したいものなのだろうが、少女の場合は事情は少々異なるように思われた。


 ここに関しては、画面外の自分の方がこの時点のオリジナルより情報を持っている。グロリアは親との関係性が良好でないため、自身をアシモフの子と称すのが憚られたのだろう。

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