10-28:鳥かごへの潜入 下
「はぁ……何故去っていったんだ?」
「どうやら、ハッカーが監視カメラにダミー映像を流してくれたおかげで、そちらの巡回に行ってくれたようだな」
「なるほど……助かったぜ凄腕。しかし、なかなか上にいけないな。最終的にはエレベーターに乗らないといけないんだよな?」
「あぁ、最上部のファラ・アシモフのプライベートルームに続く階段は無いらしく、専用のエレベーターを使うのが必須ようだ」
「階段無しとか、建築基準法は無視かよ。まぁ、プライベートルームだし、こっそり作ったんだろうな。しかし、そのエレベーターの操作は凄腕に任せればいいんだよな?」
「あぁ。本来なら網膜認証か何かが必要だろうが、凄腕が何とかしてくれるだろう」
そう言ってべスターがポケット灰皿に吸殻を捨てるのと同じタイミングで、「あまり凄腕と連呼されるのも気恥ずかしいけれど、エレベータの方は任せてくれ」とチャットが送信されてきていた。
ともかく、そんな調子で徐々にだが、虎は摩天楼の上へと進んでいった。時には階段を上り、ハッカーの協力を借りて制限付きの昇降機を利用し、時には換気用のダクトを通って――潜入から一時間もする頃に、最上階へと向かうエレベーターの中へ入った。
「……ここまで来るのも大変だったが、大丈夫か?」
「問題ない……大分集中して頭は疲れたが、仕事を終えたら脱出するだけだからな」
「脱出の手順は覚えているか?」
「あぁ。最上階の防弾ガラスをADAMsで無理やり破って、隣のビルまでパラシュートで着陸すればいいんだよな……」
アラン・スミスの声色は段々と弱くなっていき、最後には「脱出が一番大変そうじゃねぇか……」と独りごちた。それと同時にエレベーターの扉が開き――気を引き締めなおしたのか、虎は音もなく室内へと潜入した。
虎が見上げたそこは、鳥かごを彷彿させるような空間だった。建物の最上部に付け加えられた円形の空間で、天井も丸く反り返っている。何より印象的なのは、その窓の反り返りに合わせて、人が通れないほどの鉄格子が伸びているのが、ケージという印象を際立たせる――その隙間には、下界の灯りが眩いせいで星こそ見えないものの、満月だけはガラス越しに鮮明に映し出されていた。
さて、改めて室内に視線が移る――護衛用の第五世代型が居ることを予想してか、アラン・スミスはエレベーターから降りる瞬間、投擲用のナイフを二本取り出していた。しかし、室内には第五世代型は居なかったらしく、虎は一旦緊張を解いた様子で室内を見回した。
室内の構造はいたってシンプルで、ほとんど物も置かれていない――違和感があるとするならば、パソコンなど研究に使うような機材が一切ないことか。
それどころか、タブレットなど通信に使えるような端末もほとんど存在しない。あるのは紙の本がぎっしりと取り揃えられている本棚が壁際にいくつか、後は中央にソファーやテーブルが置いてある他、室内の奥に巨大な丸いベッドが一つ置いてあるくらいだった。
「妙だな。これがファラ・アシモフの私室だというのか?」
アラン・スミスから共有される映像を見ながら、べスターが一人そう呟く――恐らく、虎もその違和感は持っているだろうが、ターゲットが居るかもしれない中で声を出すのを控えており、足音を立てずにアシモフが眠っているであろうベッドへと近づく。
投擲用のナイフを月光に煌めかせながらベッドの横に立ち――しかし虎はそれを投げずに仕舞ったようだった。
「おいアラン、どうしたんだ? まさか、ここまで来て、ターゲットを見逃すだなんてことは……」
「逆に質問だ。ファラ・アシモフって奴は小柄なのか?」
「いいや、女性としては背が高い方なはずだが……」
「それじゃあ……コイツは別人だぜ」
アラン・スミスは小さな声でそう言いながら、小さなシルエットが浮かんでいるベッドカバーを少しずらした。すると、そこにはくせ毛の十歳そこそこの女の子の寝顔があったのだった。




