10-27:鳥かごへの潜入 中
自分も視線をブラウン管に戻すと、オリジナルはゆっくりと、しかし着実に摩天楼を進んでいるようだった。仮面から共有されている映像には捉えられていないが、時に物陰に身を隠しているのは第五世代型アンドロイドの接近に備え、センサーの範囲内に入らないようにしているからだろうと思われる。
しばらくそんな牛歩の侵入が続くと、ふと車内にいるべスターから「凄腕からの質問だ」と声があがった。
「アナタはどうやって第五世代型アンドロイドの気配を察知しているんだ、だと」
オリジナルはハッカーの質問にはすぐには答えず、静かに息を殺して男性用トイレの個室に潜んでおり――気配が過ぎ去ったのだろう、ゆっくりと便所から出てから質問に答えだした。
「残念ながら、俺に答えている余裕は無いぜ……お前から答えてやってくれ」
「オレはあくまで、お前から共有されている情報しか知らないが……」
「それで十分だろう?」
「にわかには信じがたいから、出来れば本人の口から答えたほうが良いと思ったんだがな。それじゃあ、訂正する点があったら指摘してくれ」
「あぁ、了解だ」
潜入中のアラン・スミスがゆっくりと暗い廊下を進みだすのに合わせ、画面内のべスターは機材の横に置いてある煙草の箱に手を伸ばして一本咥えた。
「如何に第五世代型が姿を消し、センサーを欺き、気配を消していたとしても、物体そのものは確実にそこにある。動いてくれるのならその気配や空気の動き、僅かな音で気付くそうだ……とはいえ、第五世代型アンドロイドは移動する際に気配も音も殺しているはずだ。
実際、タイガーマスクから共有される映像や音には、第五世代型アンドロイドから発する音は高精度な機材を用いても拾うことは出来ない……その気配を感知するというのは、生物的な感覚で第五世代型を破ろうと立案した自分自身が一番信じられないんだがな」
「補足だぜヴィクター。第五世代型アンドロイドには、なんとなくだが意志みたいなものを感じる……それがあるから、完全な無生物と比べて気配は察知しやすいんだ」
「……だそうだ。納得したか?」
べスターが見つめるチャットの画面には、「訳が分からないね」という文字が浮かんでいた。その後に次のようなチャットが続き、それをべスターが読み上げる。
「DAPAのデータベースにアクセスした時、第五世代型アンドロイドの情報も閲覧した。他の世代にももちろん搭載しているけれど、第五世代にはファラ・アシモフが育てた最高級のAIが積まれている。
とくに要人の警護や破壊工作など、特殊な状況に対応することを望まれる第五世代型は、三原則を守りつつ、思考やパターンがある程度並列されつつも、同時に個体別に意識をある程度持っているらしい……もしかしたら、それがアナタの言う意志というものに当たるのかもしれない、だと」
映し出されている文字を読み切り、男は煙を吐きながらモニターに視線を戻した。近くに第五世代型が居るのだろう、アラン・スミスは階段でしばらく身をかがめて押し黙り――改めて移動を開始してから「少し脱線だが」と切り出した。
「三原則って、ロボットが人間に危害を加えてはならないってやつだろう? 今更だが、俺が襲われるのはおかしいんじゃないか? ちなみに、俺がサイボーグだからっていうのは無しだぜ」
「お前の言う三原則は、一世紀以上前に考案されたフィクションだ……もちろん、第四世代まではそのような三原則が搭載されているが、特殊工作を行う第五世代型は別だってことだろう……そうだよな、ハッカー?」
再び視線がチャットの方へと映されると、最初に「YES」の三文字が返され、続いて次のような文章が送られてきた。
「やはり、第五世代型に搭載されている三原則は、人間、という部分がDAPA職員、に切り替わっているらしいぞ。DAPAのデータベースに登録されている識別IDを所持している職員は、第五世代型の庇護対象になり、同時に攻撃も受けないと」
「はぁ……倫理観もくそもないね」
「あぁ、本来なら、こういうのは国際法や各国の法で規制しなければならないものだが……何せ、DAPA自身が最強の圧力団体だ。どうすることも出来なかったんだろう」
「しかし、そのプログラムは、上手く偽装すれば第五世代型の眼を欺くのに利用できるんじゃないか? DAPAのデータベースに端末情報を偽装して登録するとか……っと」
階段から通路へと移動していたアラン・スミスは、また別階のトイレの個室へと駆け込み息を潜ませた。しかし、僅かな物音を察知されてしまったのか、今度はトイレの扉が開かれ――流石にマズそうか、そう思った瞬間、再びトイレの扉が開く音が聞こえ、少ししてからアラン・スミスが大きく息を吐き出した。




