10-25:潜入工作における課題 下
「アラン、優秀な奴が見つかったらしいぞ」
「はぁ?」
施設内の外で鍛錬中の虎の元へ、べスターは紙の束をもって近づいた。
「何でも、ACOのデータベースにアクセスを度々仕掛けてきた奴がいるらしいんだが……今までそいつの足跡を追うことが出来なかったんだ。だが、つい先日そいつの方から連絡があり、雇ってくれないかと打診があったらしい」
「いや……そいつ大丈夫なのか? 優秀なヤツならDAPAのスパイと考えるのが普通だ。仮に野良だとしても、トップシークレットにアクセスしてくるやつなんて碌な奴じゃないだろう?」
「その上、素性も分からないらしい」
「……はぁ? どういうことだ?」
「どうもこうも、言葉通りの意味だ。そのハッカーは自分の素性を明していないし、こちらとしても何者か調査しても分からなかったらしい」
「なるほど、少なくとも俺たちが抱えてたハッカーよりは優秀ってことだな。しかし……」
オリジナルはそこで一度言葉を切り、べスターから視線を外してナイフを一本、訓練用の的に向けて投擲した。刃の先端は的の中心に深々と刺さり――仮面の男は的を眺めたまま言葉を続ける。
「度々おかしいと思っていたが、俺たちのボスは脳が天気なのか?」
「まぁ、話は最後まで聞け……虎の暗殺に一度協力させてくれれば、その後に素性は明かすし、こちらへ合流すると言っているらしいんだ」
「……ますます分からん」
「お前のファンらしいぞ?」
「もはや俺の理解の範疇を完全に超えたな」
オリジナルはそう言って、人差し指を眉間の位置において首を振った。対するべスターは左手に持った書類を右手の甲で叩き、そのまま紙面に視線を落とした。
「こういうことらしい……要するに、一度のミッションはお互いの試用期間のようなものだと。互いに問題なく連携できれば、今後ともこちらに合流して協力してくれる気のようだな」
「あのなぁ。さっきも言ったが、任務はトップシークレットなんだぞ? それに協力を確約できない相手を巻き込むなんて……」
「ほぅ、お前も思考がお役所染みてきたな。しかし、その辺りは問題ないだろう。どうせ我々のデータベースを自由に見れる奴なんだ、今回協力しなかったとしても、どうせ任務の中身はバレているんだ」
「他にも問題はあるぞ。動機の問題だ。俺やお前にはDAPAと戦う理由があるが、そいつにはあるのか?」
「お前の気持ちも分かるが……一応、協力する理由は言ってきたようだな。昨今のDAPAの情報統制が気に食わず、同時に破壊工作に立ち向かうタイガーマスクに協力したいと思ったから、らしいが……」
「そんなものは建前だろう? 俺が知りたいのはそいつの本音だ」
「あぁ、なんでもDAPAのデータベースにもハッキングしようとして、それがバレてしまい、保護してほしいというのが本音らしいな」
「おい、それを先に言えよ」
オリジナルは嘆息を漏らしながら再び的の方を向き、腕を降ろして二射目を投げた。ナイフは寸分たがわず一射目と同じ軌道を描き、刺さっている刃の柄を押し込んだ。
「だが、それは色々とおかしくないか? まず、本気で保護してほしいならさっさと身元をばらすべきだし、一度はハッキングがバレてしまってるんだ、腕にも疑問が残る」
「一点目に関しては、コイツも慎重になっているとは予想される……ハッキング自体がバレていても、まだ身元まではDAPA側に割れていないらしく、同時にオレ達に協力するのが安全とは限らないからな。
二点目に関しては、実際に彼は多くのプロテクトの解除には成功しているようだ。第五世代型アンドロイドや人体実験など、DAPAが行っている多くのプロジェクトについては閲覧できたとのことだ。ただ、最高レベルの機密についてアクセスしようとした時に、ハッキングが露見してしまったようだな。
ちなみに、協力の暁には、DAPAの機密情報の提供も可能ということらしい。実際、一般人が知りえない情報はいくつか許攸されている。こいつがDAPAのデータベースにアクセスできたのは本当だし、腕も確かだろう」
「なるほどね……お偉いさん方がそいつを招き入れたい理由は納得したよ。とはいえ、胡散臭いことには変わりないとと思うけどな、そいつ」
悪態づくオリジナルの気持ちもわかる。べスターはDAPAに家族を奪われた訳であるし、オリジナルも恐らくその可能性が高い。そうでなくとも医療費を稼がなければならないし、すでに戸籍もないオリジナルは行き場もないから戦わざるを得ない。オリジナルとべスターは共にそれなりに深い事情があってDAPAと敵対しているのに対し、動機がハッキリしない相手を招き入れるのに抵抗があるというのはもっともだろう。
とはいえ、恐らく話の流れ的に、今回志願してきたのはアイツだろう。そうなれば戦力としては間違いないし、何より自分はそいつのことを知りたくてべスターに記憶を見せてもらっているのだから、手を組まないというのも困る――そう思っていると、画面内でべスターが紙面をめくって話を続ける。
「どの道、次のミッションにはコイツが不可欠だ。そういう意味合いも込めて、上層部は自称協力者の要件を呑んだようだな」
「俺は次のミッションの内容を聞かされてないぞ?」
「今から言う。次のミッションは……」
べスターは視線を上げ、フェンスの奥に見える密集した高層ビルの、その一際高い建物を指さした。
「アシモフ・ロボテクスカンパニーの極東支部、あの一番高い摩天楼の攻略だ。そして、次のターゲットは……」
そして男は一歩進み、一枚の紙を虎の方へ提示して見せたのだった。




