10-24:潜入工作における課題 中
「……どうしてあの時、私を殺さなかった?」
「お前は俺のターゲットじゃないからな」
「舐めた真似を!」
もう一発銃声が聞こえるのと同時に再び視界が反転し、次にカメラが安定した時には元来た通路を引き返して走っている映像に切り替わっていた。
「どうやって脱出したんだ?」
「こいつを利用させてもらった!」
いつの間にか拾っていたらしい、オリジナルは巨大なヒートサーベルを視界に映して見せた。ADAMsを起動して倒れた第五世代型からヒートサーベルを奪取し、扉を切って脱出したということなのだろうが――もう使う気もないのだろう、虎は通路を塞いでいる第五世代型アンドロイドに向けてそれを投げつけ、動かなくなった機械兵の横をすり抜けた。
「それより、脱出できそうな場所までナビゲートしてくれ!」
「人らしくドアから出るか?」
「俺は虎だぜ!」
「何を言っているかは良く分からんが、音速で壁に当たれば破壊できる場所もあるだろう……たとえば、そこの突き当り!」
「チェストぉ!」
掛け声が聞こえた直後、遠景に夜の闇の中で燦然と輝く摩天楼と、鬱蒼と茂る雑木林とが見え――重力のままに落下して着地した直後、モニターはグルグルと回転し始めた。
「くそっ、撃て、撃て!」
上からキーツの怒号が響き、敷き詰められているアスファルトが銃撃によって抉られる。どうやら、オリジナルは上からの攻撃を避けるために転がっていたようだ。銃撃が落ち着いたタイミングで虎が起き上がり、投擲用のナイフを空けてきた穴の方へと二本投げる。それらはキーツの左右に居た二体のアンドロイドの頭部に直撃し、電磁パルスにより動かなくなった。
「勇敢なのは結構だがな、人殺しの前に出るなんて無茶はするもんじゃねぇぞ、オッサン!」
「誰がオッサンだ! くそ、電磁パルスを発生するナイフだと? ちく……」
男の言葉を最後まで聞くことなく、虎はADAMsを起動して施設から離脱した。そして少し離れた建物の隙間に入ったタイミングで、べスターはモニターから車内の計器に視線を映した。
「……どうやら、ターゲットは車で逃走したらしいな」
「なるほど、完全なダミーってわけじゃなかったようだな……ちなみに、車種と場所は分かるか?」
「駐車場を抜けて北へ逃走中のセダンだ……だが、すでに国道に入ってしまったようだな」
「なるほど、ちなみにこんな夜中にドライブしている奴は居ると思うか?」
「山奥だからな。ターゲット以外にいないだろう」
「だよな、それじゃあ……!」
この後の勝利を確信したのだろう、べスターは煙草を一つ取り出して煙を吸い込み――吐き出した煙の向こうでは、ADAMsで先回りをしていたのだろう、虎のアイカメラが迫りくる一台のセダンを捉えていた。そしてナイフを下に向けて投げると、それはタイヤに直撃し、車は横転してガードレールに衝突した。
車のそばへと近づくと、扉がひとりでに開き――護衛の第五世代型が一体居たのだろう、それを虎は迅速に処理し、開いたままになっている車の扉の前へと立つ。中を覗くと、エアバッグの前で気を失っている科学者風の男が居り――そして虎がナイフを一本取りだした時点でブラウン管の映像が切り替ると、運転席に移動した男が車の窓を開けて一服しているうちに助手席の扉が開いた。
「やはり、DAPAの防護プログラムを上回れるだけのハッカーは必要だな」
「そんなもんなくてもなんとかしてやる、と言いたいところだが……そうだな。監視カメラだって天井からぶら下がってるだけじゃないし、死角をつくのだって限界はある。昔のスパイ映画みたく、完全に単身での潜入というのは厳しいな」
基地に戻る間に、そんな会話がなされた。
その後にブラウン管に映るのは、場面場面を切り取った映像の連続だった。画面外のべスターの補足としては、最初はACOの中でハッキングに優れる者に協力してもらいつついくつかの施設でミッションをこなすことには成功したらしい。
しかし、課題はあった。ACO側の技術では、通信技術の粋を集めたDAPAのシステムを完全に突破するのは難しかったと――幾許か潜入が楽になるのと引き換えに、時には逆探知に会い、逃げなければならないこともあったらしい。
とくにセキュリティレベルの高い施設に潜入するには腕の良いハッカーを雇う必要がある。とはいえ、そんな優秀な野良の人材がいる訳がない――そう思っていた矢先のことだった。




