10-22:エディ・べスターの原点 下
「二課に所属しているのは、復讐のためか?」
「どうだろうな……さっきも言ったように、オレは父のことが好きだった訳じゃない。そもそも、父の遺書にはDAPAの文字は無かった。恐らく、父は変に情報を残してオレや母が狙われるのを防ぎたかったんだろう。真実を知らないオレは、親父は敵国に狙われてたんだと推測していたし、DAPAのことはまぁ、胡散臭いとは思ってはいても、どうこうしようとは思っていなかった。
国際機関に身を置いた理由は二つ。一つは、博士課程での研究が父の知り合いの目に留まってスカウトを受けたから。単純に職は必要だったしな。そしてもう一つは……」
「煙草代のためか?」
「御名答」
べスターは火種を仮面の方へ向けてそう答えるが――画面外の自分も、そして恐らくオリジナルも、エディ・べスターが金を目当てに動く男でないことは分かっていた。べスターは直感していたのだろう、国際機関に身を置くことで真実に近づけるということを。
その証拠にか、静かに見つめ返すオリジナルに対し、男はすぐに火種を戻し――再び暗い波間に視線を落とした。
「……と言いたいところだが、父の死の真相が聞けるかもと思ってな。実際、二課に配属されて初めて、父の知り合いからその死の真相を聞いた。もちろん、DAPAに敵対している組織の者が言っていることだから、もしかしたらオレをコントロールするために嘘を吹聴されている可能性はゼロではないが……なんとなくだが直感した。
父はDAPAに狙われ、研究結果を共有するように迫られた。そして世界を裏で操る組織に、自らの研究を伝えるわけにはいかないと……父の死の真相は、そういうことだったらしい。
それを聞いた時にも、オレは別段に復讐を決意したわけではなかった。とはいえ、父の技術を、父を殺した連中に渡すこともない。そう思って……二課で研究を続けることに決めたんだ」
画面内のべスターは淡々と語っているようではあるが、その芯には固く揺るがないものがあるように感じる――彼は自分の中の闘志を言語化できていないだけで、本心の所は父の弔いに渦中に身を投じた、というのが正しいのではないか。
いや、本当はべスターも自らの信念を自覚しているのかもしれない。しかし、それを彼はアラン・スミスに言うことが出来なかったというのが正確な所かもしれないと思った。何故なら、エディ・べスターは自ら刃を手に取って戦っているわけではなく、虎に力を代行してもらっている立場だからだ。自分の代わりにアイツらを殺してくれ、べスターはそんなことを言えるタイプではない――だから、敢えて淡々とした様子を見せかけているのかもしれない。
なんとなくだが、画面に映るアラン・スミスもそれを感じ取っているように見える――少し無言の時間が流れ、吸わずに燃えていた火種の先端が落ちたタイミングで、べスターはまた海に視線を戻して煙を吸い込み始めた。
「それで、第五世代型に対抗するための研究を進めているうちに、ロボットでは技術力で劣る我々では対抗できないと考え……オレはアラン・スミスというサイボーグを創り出すという仮説を打ち出した。そこで素体として運ばれてきたのが、まさかとんだ甘ちゃんだとは思わなかったが」
「なんだよ、ちゃんと活躍しているだろう?」
「あぁ、その通りだ……だが、お前に重い物を背負わせてしまった」
そう独白するべスターの声は低く小さいモノだった。
「正直に言おう。オレは誰かに人殺しをさせるということの重さを余り深く考えていなかったんだ。父と自分の技術の粋を集めて最強の兵士を作るという、その一点のみが自分の関心であり……また、人を殺すということは仕事である程度にしか考えていなかった。
しかし、自分の手を汚すわけではない。オレはお前に武器を持たせ、安全な所から見ているだけ……その行為の無責任さについては、全く考えていなかったんだ」
やはり、先ほどの推察は正しかったように思う。エディ・べスターには闘争心が確かにある。だが同時に、彼は力の代行者が人間であるというのを失念していたのだ――それ故、オリジナルを巻き込んでしまったことを後悔しているのだろう。
とはいえ、それを責めるほどオリジナルも野暮な人間ではないはずだ――それを証明するように、スピーカーからは「顔をあげろって、べスター」と明るい調子の声が聞こえた。
「俺はお前と出会えてよかったと思っているぜ。だって、お前に拾われなきゃそのまま死んでいた訳だし……もっと言えば、もし俺があの日に事故に会わなかったとしても、一人の少女の命を守ることは出来なかったし、晴子の医療費だって稼ぐことは出来なかった。結局、俺は両親を無くして、どん詰まりにいただけなんだからな。
それに、その時は知らなかったとして、互いにDAPAの暗躍に親をやられているわけだ。そう思えば、数奇な運命で出会ったって思わないか?」
仮面の言葉に、視線の主はようやっと顔をあげた。もちろん、自責の念が強いこの男のことだ、一時の慰めになっただけで、本質的に救われたわけではないのだろうが――ひとまず前を向くだけの元気は出たらしい。いつの間にか燃え尽きていた煙草のフィルターをパンパンの携帯灰皿に詰め入れて立ち上がり、男の方を見上げている虎の方を見下ろした。
「そうだな……オレもアラン・スミスがお前で良かったと思っているぞ。ついでにもう少し、無茶をしないで帰還してくれればいうことも無いんだがな」
「あのなぁ……どうしてお前はそう、いつも一言多いんだよ。ともかく、これからもよろしく頼むぜ、相棒」
そう言ってオリジナルも立ち上がって拳を突き出して見せた。それに対し、視線の主が「そうだな」と言いながら、拳を突き出したタイミングで画面が切り替わった。ブラウン管から視線を外して振り向くと、画面外のべスターは「あまり青臭いのを見られるのも恥ずかしいからな」と言って苦笑いを浮かべているのだった。




