10-21:エディ・べスターの原点 上
「オレが二課に所属する理由を聞きたい?」
画面内のべスターの質問に対し、仮面の男が頷き返した。
「今更だがな。お前が優秀な技術者だってことは分かってるし、そういった能力を買われてACOにいるってのは納得するんだが……気持ちの部分を知りたいと思ってな」
「前も言ったように、コイツを思う存分に買うために、高いサラリーをもらえる仕事についてるだけなんだが……」
べスターはそう言いながら、咥えていた煙草を指に持ってそれを眺める。
「嘘言えよ。それだけなら、裏組織の技術者やって、暗殺者と一緒に行動することもないだろう?」
「はは、政府組織が裏組織と言われるなんて、世も末だな」
乾いた笑い声と共に、闇夜を照らす小さな炎が煙草の先端をじりじりと焼くのが見えた。そして画面いっぱいに紫煙が映し出されると同時に、男はポツポツ語り始める。
「小さい頃、オレはコイツが嫌いだった。煙草の臭いは、親父の臭いだったからな。普段は家にいない癖に、たまに会うと全身から煙草の臭いをさせていてな……その臭いが苦手で、小さい頃は絶対に煙草なんか吸わないと思っていたものだ」
彼の煙草呑みは遺伝的なものだったらしい。そうでなくとも、自罰的な彼が世界と向き合うためには、何か依存できるものが必要だったのかもしれないが。
画面内のべスターは少し押し黙り――その視線の焦点は、隣にいる仮面を見ているというより、煙の中から自らの根源を探し当てようとしている、そんな風に見えた。ともかく、父の話を始めたということは、恐らく彼の原点はそこに在るのだろう、そんな風に考察をしていると、またスピーカーから男の声が聞こえ始める。
「母とは歳の差結婚だったらしく、親父は自分が物心ついた時には既に初老という感じだった。遊んでもらった記憶だってほとんど無いし、不愛想で何を考えているか分からなかったから……子供の頃に会話をした記憶もほとんどない」
「なるほど、不愛想な所は遺伝だったようだな?」
「ふぅ……話すのを止めるか?」
「はは、茶化して悪かった……続けてくれ」
大きなため息と共に煙が広がり、また一呼吸おいてからべスターは語りを続ける。
「幾許か楽しかった思い出もある。親父と一緒に機械仕掛けのおもちゃを作ったんだ。不器用なオレに対して、親父は怒る訳でもなく、根気よく作り方を教えてくれて……完成した感動もひとしおで、小さい頃はそのおもちゃでずっと遊んでいたのを覚えている。
今にして思えば、親父は不器用ではあったが、息子に対する愛情が無かったわけではないことは分かる……忙しい中で、頑張って時間を作ってオレに向き合ってくれたんだろう」
そこまで一気に話し終えてから、男は煙草のフィルターをパンパン気味の携帯灰皿に押し込んだ。
「ある時、どうして親父は全然家に居ないんだって母に聞いたことがあった。曰く、すごく重要な仕事をしていて忙しいんだとか。そんな母は、父の不在には寛容だった今にして思えば、仕事に対する理解があったんだろうな」
「何となく察しはついているが……親父さんは軍の関係者なのか?」
「正確には、だった……だな。オレが十歳なるころには戦争が激化し、本土も攻撃を受けるようになった。そんな折、父は還らぬ人となり……母は父が死んだ理由も、職業もオレに対してずっと伏せていた。父の真相を知ったのは、大学でバイオメカトロニクスを学び始めた時だ。
オレがその進路を選んだことは、全くの偶然……というわけでもないかな。さっき言った、父との思い出が幾分か影響していたのかもしれない。バイオメカトロニクスを学びたいと伝えた時は、母は嬉しさ半分、悲しさ半分といった表情をしたのを覚えている。
ともかく、大学で研究を進めているうちに、先行研究に自分の父の名があることに気付いたんだ。サイボーグ関係の研究は日夜研究がされていて、二十年前の論文に当たるなんてことは珍しいことだった」
「逆を言えば、親父さんはそれだけ進んだ研究をしてたってことだな」
「あぁ……だから狙われてしまったんだろうな」
仮面に返答したべスターの声は低かった。そこには、静かな怒りが込められているように感じられる――男は黒い海を見つめたまま、静かな波の音を背景に話を続ける。
「母に論文の話をすると、開かずの間と化していた父の書斎に通された。そこには、親父が残した研究資料と遺書が保管されていた。研究資料に関しては、戦争が始まってからの物は無かったが……それでも現代でも通用するほどの理論もいくつか残されていた。技術的な難しさから戦時中には活用しなかったようだが、ADAMsの構想もその一つだった。
また、遺書に関しては、データとして残らないよう、敢えて紙の便箋に書かれていた。そこには、大戦の背後には、国家の域を超えた意志が関係していることと、また、背後に蠢く黒い意志が自分の技術を狙っていることが記されていた。サイボーグの知識はもちろん、戦闘用アンドロイドにもその知識が転用できる他、戦闘用という観点から言えばアンドロイドの代替にもなり得る。
そして遺書の最後には、自分は国のために自分の技術を使いたいという意志と……母と自分を大切に想っているということが記されていた」
そこでべスターは一度言葉を切り、胸ポケットから次の煙草を取り出し、再び暗闇の中で炎を灯して、煙を星のない空に向けて吐き出した。
「遺書を読んだ後、オレは初めて煙草を吸った。肺癌になるだとか、脳が萎縮するだの散々に言われているコイツだが……ちょいと親父の気持ちを知りたくなってな。
高いしマズいしむせるし、コレの何が良いのか全く分からなかったが……確かにパソコンに向き合っている時の口寂しさを紛らわせるのだけは確かだった。それでいつの間にか、気が付いたらこのざまだ」
そこまで言って、やっと視界に仮面が現れた。画面の中のアラン・スミスはしばらく無言で男を見つめ返し――ややあってから、控えめな調子で声をあげる。




