10-20:デイビット・クラークについて 下
画面内のべスターが見つめる先には、汚らしい路地裏が映し出されている。そこから覗く路面には自動運転で制御された車が整然と走っており、同時に空なども見えないほどの高い建物が並んでいるのが見えた。道を行きかう人々の人種も様々どころか、労働用や慰安用のアンドロイドも多数含まれている――アレは、自分の記録の中にもある旧世界の首都の中央部分に違いなかった。
そしてある男が路面に出てきたのに合わせて虎は動き出し、人ごみに紛れて気配を消しながら追尾を始めた。一瞬、店のショーウィンドウに映った彼の姿を見るに、厚手のコートの襟を立てて着こみ、帽子を深く被り、スカーフで口元を覆っているため、人ごみの中では一見すればサイボーグとも分からない見た目になっている。
しばらく追跡を続けて、繁華街を抜けて人通りもまばらになり――最終的には高層マンションの前まできたタイミングで虎が一気に前進を始めた。空を斬っているはずなのに、金属が引き裂かれる甲高い音が聞こえる。何体かの第五世代をすり抜けた先で投擲した短剣は、男の後頭部に深々と刺さり――ADAMsを起動したのだろう、画面が一気に切り替わった。
画面の中のべスターはすぐに運転席に移動して、虎の帰還を待たずに車を発進させた。恐らく、移動しながらそのまま回収するつもりなのだろう――想像通り、繁華街からやや離れた交差点で信号待ちをしているタイミングで、いつの間にか助手席にアラン・スミスが座っているのだった。
その後、早巻きで数回のミッションの映像が流れる――路地で、港で、駐車場で――これらの映像はすべて外という特徴があった。そして最後に駐車場での暗殺が行われたのに合わせて、対岸の倉庫らしき場所で爆発が起こっているのが映し出された。
「ローレンス・アシモフや続く数回の暗殺は、DAPAの社会不安増大に活用されてしまった。要人を狙う連続殺人犯というのを皮切りに、各地で事故や凄惨な殺人などが相次いで起こるようになったんだ。
これらの多くは、DAPAによる自作自演の偽装工作だということは分かっている。正確には虎による暗殺計画よりも前から、世界中でポツポツとは起こっていたんだが……反DAPAのテロリズムとして情報が統制され、人心の退廃に一役買った訳だ」
ブラウン管の映像がまた切り替わり、今度はニュース番組やWEBサイト、SNSの画面が無音のまま流れ続ける――そこには謎のテロ組織によって至る所で事故や暗殺が行われているという旨の情報が映っていた。
「……アイツらは、旧世界でも同じことをしていたんだな」
「あぁ……もしかするとオリジナルの家族が見舞われた事故や、お前が少女を救った事故も、DAPAが仕込んだんじゃないかと推察される。そもそも、自動運転をするための車や公共の交通機関に搭載されている電子部品やGPS機能の制御だって、本来はDAPAの管轄なんだからな」
べスターからそう言われた瞬間、毛が逆立つようなおぞましい気持ちと、腸が煮えくり返るような怒りとが同時に沸き起こってきた。クローンの自分にとっては本来的には私事ではないのかもしれないが――とはいえ、オリジナルの人生を壊したのはDAPAだったかもしれないのだ。
そうなれば、ある意味ではオリジナルの行動は、自分自身の生活を破壊した者たちに対する報復だったとも言えるだろう。
「ACOもDAPA、どっちも禄でもないが……少しばかりオリジナルが所属していた機関の方がマシに思うぜ」
「あぁ、オリジナルもそう言っていたよ。一応、世間様には大手を振っては出られない身だからな、多くを阻止できたわけではないが……ミッションの合間に起こるDAPAの工作活動を阻止する活動もオリジナルは行っていた」
再び画面が切り替わると、オリジナルが火災現場や路上で危険に瀕している人たちを救助している映像が流された。とはいえ、秘匿の身であるというルールは守ろうとしているのか、人々の視界に現れるようなことはせず――退路の確保や、破壊工作を行う第五世代との戦闘をするのに行動は収めているようだった。
「旧政府のお偉いさん方は、俺の行動を許していたのか?」
「もちろん、正式に許可されていた訳ではなかった。ただ、お前が勝手に出てやるおせっかいに対して、逐一おとがめも無かった。第五世代型を見破ることがお前にしかできなかったからな。謹慎させても時期が来れば出さざるを得ないし……もちろん、処刑だって出来なかったって訳だ」
「なるほどね……ちなみに、お前はオリジナルの救護活動をどう思ってたんだ、べスター」
「オレか? そうだな……」
べスターは煙草を深々と吸い上げ、自虐的な笑みを浮かべながら煙を吐き出した。
「お前が勝手なことをすると、オレが小言を言われるからな。勘弁してほしいと思ってたぞ」
「でも、止めなかったんだよな?」
「言ったところで聞くお前じゃあるまい?」
「違いない」
もっとも、正確にはオリジナルの話をしているのであり、自分が代弁するのも違うかもしれないが――とはいえ、きっと仮面の男が同じような話をしたとして、今の自分のように笑いながら返答していたと思う。
こちらの返答に対し、べスターは微笑みを浮かべて、しかしすぐに哀愁に満ちた笑みを浮かべた。
「本当は、もっと自由にしてやりたいとは思っていた。だが、オレはお偉いさん方に頭を下げて、少しばかりやりたいことをやらせてやるくらいしか出来なかった」
なんとなくだが、自分は彼のこういうところが気にかかっていた。知的な皮肉屋だが、事あるごとに罪人のような表情を浮かべる――なぜ後悔と自虐とが混在している悲し気な表情をするのだろうか。
思うに、彼のこの深い悔恨が、死後もその魂を消滅させずに現世に残っていた理由なのではないか。そんな確信が沸いてくるのと同時に、彼の原点が気になってきた。
「なぁべスター、お前はなんで二課に所属していたんだ?」
「それはだな……」
べスターは顔を背けて煙を吸い込んで後、また自虐的な笑みを浮かべてブラウン管にリモコンを向けて何かを操作し始めた。画面が切り替わると、そこには暗い海と、星灯りも見えない空とが映し出される――恐らく、オリジナルとの思い出のワンシーンなのだろう。
「二度も真面目に話すのも気恥ずかしいからな」
そこまで言って、画面外のべスターは「少し席を外す」と言って椅子から立ち上がり、暗闇の奥へと消えていった。




