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2-15:ソフィアの決断 上

「……ソフィア、大丈夫かしらね」


 そう声を掛けてきたのはエルだ。兵に依頼をして、エルとクラウにも駐屯地に移動してきてもらっている。今いるのは駐屯地の応接間で、机を囲むようにソファーが四つ、そのうちの一つに自分、もう一つにエル、そして大きめのソファーではクラウが横になって仮眠を取っている。


 先ほどの――ソフィアの一件は、まだ二人には伝えていない。原因も分からないまま適当なことを言って、変な混乱をさせたくなかったのが主な原因だ。しかしそれ以上に、やはりレムが介入してきたという事実が引っかかっており、これはあまり外聞しないほうが良い気がしていたのも理由にある。


 そして、ソフィアは執務室に籠り、フィリップ大佐など駐屯地で役職のある面子と今後のことを話し合っているようで、その間に自分たちは客間に通されているという流れだった。


「……アラン、アナタも寝たほうがいいんじゃない?」


 恐らく、返事をせずに考え事をしていたせいだろう。隣に座っているエルが、心配そうにこちらを覗き込んでいる。


「いや、大丈夫だ。ただ、少し疲れてるのかもな」

「えぇ……夜分の襲撃に、バルバロッサ壊滅の知らせ、疲れるのも無理はないわ。しかし……まさか、勇者パーティーが押されるとはね。正直、聖剣を起動させたのなら、もう安心かとタカをくくっていたわ」

「えぇっと、こういうことって、あんまりないのか?」


 こちらの質問に、エルは小さく頷く。


「聖剣を起動させた勇者の力は圧倒的……なんていうのは、まぁ伝承の話で、実物を見たことはないけれど。でも、こんな言い方するのも不謹慎かもしれないけれど、聖剣を持った勇者が居れば、あとは消化試合みたいなものなはずなのよ。勇者が降臨されるまでは人類が窮地に陥っているけど、その後は一気に巻き返す……それを、何度も繰り返してきたはずなのだけれどね」


 その言葉に、今までは感じなかったような違和感を覚える。魔王は何故、勇者が居ないうちにもっと攻勢に出て、人間世界を占拠しないのか? そんなお決まりの流れのようなものを、人類側も魔族側も、なぜ何度も繰り返しているのか?


 自分がそこまで賢い方だとは思わないが、それでもこれは異様なことだとわかる。外から見れば異常なことでも、しかしこの世界の人たちにとっては、それが常識になってしまっている。そこに強烈な違和感がある。


 しかし、そうなればこそ、腑に落ちる点も二つある。一つは、軍の取り乱しよう。負けるはずのない勇者が、此度ばかりは敗北した可能性がある――あくまでも拠点が潰されただけで、勇者が負けたという報告はないはずなのだが――それでも拠点が潰されること自体が想定の中になかったのだろう。


 もう一つは、ソフィアの推理が、やはり現実味を帯びているのではないかという点。この世界の人間と魔族だけでは、決められた十五年間、決められたように戦っているだけだった。そこに、自分のような部外者が来たとするならば、話は別だ。第三者が魔族側に入れ知恵をしているのなら、このように普段では起こりえないことも起こりえるのではないか。


 だが、それなら何故、レムはその対策を講じないのか。また自意識過剰かもしれないが、何故自分に特別な力を与えることもせず、この世界に放り投げたのか――いや、そもそも第三勢力自体がソフィアの想像の域をまだ出ていないことを考えれば、対策をこうじるほどでもないのかもしれない。それならなぜ自分がここにいるのか――正解も分からないまま、思考がぐるぐると周っている。


 そして、結局先ほどのソフィアの異変に思考が戻ってくる。あのようなことは、この世界では良くあることなのか――聞いた時点でエルには勘ぐられそうだが、少し聞いてみることにする。


「なぁ、エル」

「なに?」

「なんというか……同じことをうわごとのように繰り返して、心ここにあらずって感じの症状の病気とか、そういうのってあるか?」


 前世の感覚から言えば、狐憑きとでも言うのが近いのだろうが、エルには通用しないだろう。こちらの質問に、エルは少し思い出す様な仕草を見せ、改めてこちらに向きなおる。


「実際に見たことは無いけれど、話には聞いたことはある。なんでそんな質問を?」

「えぇっと……」

「……見たのね。それも、別れていた短期間で、私が見ていなくて、アナタが気にする相手なんて、一人しかいない」


 やはり、エルに隠し事は出来ないか。こちらも頷き返す。


「……あぁ、もう落ち着いたんだがな。ソフィアが、拠点陥落の報告を受けた時に」

「そう……でも、私が知っているのとは違うかも。ただ疲れが溜まっていただけじゃない?」

「うん、なんでそう思うんだ?」

「その症状が出た人は、もう普通に戻れないって聞くから」


 それを聞いて、自分で自分の血の気が引くのが分かる。レムは、精神がもたないと言っていた。つまり、あそこで対応していなければ、ソフィアはあの状態から戻ってこれなかったという事か。


「……一応、詳しく聞いていいか?」

「えぇ、知っている範囲で、だけど……その症状は、解脱症って言われている。なんでも、魂が神のもとに先立って救済されてしまって、肉体がこの世に残っている状態だとか。魂が体に無いから、ただ本能的に、一定の言葉を繰り返す……そんな感じだったと思うわ」


 なんなら、クラウとかのほうが詳しいと思うけれど、そう付け足された。しかし、アレが魂の救済だなんて到底思えない。


「……その症状、出るのに前触れとかあるのか?」

「さぁ……でも、割と偉い人とか、権力のある人がなる傾向にはあるようね。歴史上で解脱症になった学院の教授や聖職者、騎士階級はいるみたい。現世での徳が高いせいか、神に救われてしまうのかしらね?」


 その条件になら、ソフィアは合致すると言っていいだろう。そして、前世的な考え――別に心理や医学の知見や記憶がある訳でもないが――立場故の過剰なストレスで、精神に異常をきたすとか、そんな感じか。


 とはいえ、一時的な症状ならまだしも、普通に戻れないとまでは考えにくい。そもそも冷静に考えれば、この世界の住人と前世の人間では、脳や精神の構造が別物の可能性だってある。魔法がある世界なのだ、そう考えればなんだってありうる。


 逆に、エルの言っていたことが正しいと仮定すれば、レムが介入して収まった理由になる。つまり、神のもとに救済されそうだったのを、女神の側で拒否すれば、現世に魂が残ると言えるのだろうから。


 ただ、レムは「その子を救いたいか」と聞いていた。アレは、取り繕うことのない、打算なしの提案だったように思う。つまり、あの症状は、レムから見ても悪いものという判断だったからこそ、救うという言葉が出たのではないか。もし神があの子を救済してあの症状が出たのなら、引き止めたいか、とでも表現したように思う。


 結局、考えたところでなんの結論にも達しなかった。ただ、なんとなく、胸にざわつく不安が残るだけだった。


 ふと、応接間の時計から鐘の音が聞こえる。回数は五回、ただ秋の暮れという時期のせいか、まだ窓の外は暗い。そして、鐘が鳴り終わるのと同時に、応接間のドアがノックされ、ドアが少し開かれ、そこから男が顔を覗かせる。


「……冒険者諸君、ソフィア准将が今後の正規軍の対応を、講堂にて発表する。諸君らにも同席してほしいとのことなので、講堂に来てほしい」

「あぁ、分かった」


 そう男に返し、クラウを起こす。眠りは浅かったのか、すぐに目を覚ましてくれたので、そのまま三人で部屋を出る。


 講堂に着くと、まだ明朝というのに、かなりの数の兵たちが一堂に会していた。広さ的には、前世でいうところの体育館と同じくらい、椅子などは用意されていないので、皆一様に立ったまま、しかし勇者と最前線の基地が堕とされた影響なのか、そこかしこで兵たちが小声で話し合っているのが聞こえる。


 自分たち三人は、講堂の壁際に陣取り、准将の登場を待つ。最初は後ろのほうに行ったのだが、屈強な男たちの背中ばかり見えて、肝心の将軍の姿が見えなくなる可能性があったからだ。


 さて、待つこと数分、奥の扉からソフィアとフィリップ大佐とやらが出てくる。まず、大佐が全体に号を発すと、先ほどまでのどよめきが嘘のように静まり返り、全体が一斉に休めのポーズを取った。そして、前方中央の台にソフィアが上がる――目の下にクマが出来ているのを見る限り、相当疲れも溜まっているのだろう。


 だが、瞳の力は強い。マイクなどない、拡声器もない、彼女はその小さな体で、全体に彼女の決断を伝えなければならない。そして少女は大きく息を吸い、良く通る声で話し始める。



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