表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
536/992

10-16:虎が生まれた日 中

「よし、いいぞ……もう敵はいないか?」

「あ、あぁ……スタンしている奴以外の気配は感じないな……」

「では、トマホークを回収しローレンスにトドメをさすんだ」

「……分かった」


 すぐ足元にあったトマホークを拾い上げると、すぐに仮面の視線が上がり――そこには肩から血を垂らして呻いているローレンスと、カメラには電磁パルスで動きを止めて姿を表していた最初の一体が、今にも動き出しそうになっているのが映った。


「ちっ……!」


 一体倒して少し冷静さを取り戻したのか、アラン・スミスはまた一気に前進して、頭部に刺さる短剣を抜き出そうとしている第五世代の首を切断した。そのまま還す刃で腰部を切り裂くと、もう一体も力なく膝から崩れ落ち、へたり込んでいるローレンスのすぐ近くに倒れ込んだのだった。


 ローレンスは倒れ込んできたガードマンに「ひぃ!」と声をあげ――大の大人が顔をしかめて、大粒の涙を浮かべながら仮面の男を見上げてきた。


「た、助けて……!」


 弱弱しく嘆願する様子に、逆手に持って振り下ろそうとしていたブレードを握る力が弱まったのがカメラ越しにも伝わってきた。今くらいの出血量なら、すぐに手当をすればローレンスも生き残ることは十分に可能だろう――逆説的に言えば、この刃を振り下ろしたら、もう後には引けない。暗殺者として生きていくしか本当に道が無くなるのだ。


「迷うのは分かる……だが、早く楽にしてやれ」

「あぁ……そうだな」


 べスターに背中を押されてアラン・スミスは頷き――視線が男の頭上に注がれた。


「いやだ、死にたく……な……」


 ローレンスの嘆願が最後まで聞こえることは無かった。代わりに、額に突き立てた刃から血しぶきが舞い――少し抉ってから引き抜くと、それが人間であった証左とでもいうかのように、配線ではなく真っ赤な鮮血が一気に吹き上がった。


 改めて、スピーカーから仮面の荒い息遣いが聞こえてくる。人に刃を突き立てた感触が腕から消えないのだろう。脳を抉った感触は、クローンの自分にも伝わってくるような心地がする――その感触は、自分が人殺しになり下がったという事実を突きつけてくるかのようだった。


 少しの間、アラン・スミスは真っ赤に染まった男の顔を眺めて――ブレードに付着した血糊を振って払った。それと同時に、別荘の門の前に一つのシルエットが現れ、その銃口を月明かりに閃かせた。


「……止まれ! こちらに背中を向けて手をあげなさい!」


 先ほどの機械音声とは違う、ハスキーだが冷静な女の大声がスピーカーから聞こえ――リーゼロッテ・ハインラインは銃口をアラン・スミスに向けたまま、彼の足元に倒れる護衛対象とアンドロイドとを盗み見て、すぐに男の一挙一動を見逃すまいと真っすぐに見据えてきた。


「まさか、本当に狙われるとは予想外だったけれど……イヤな予感って言うのは当たるものね? ともかく、アナタには色々と聞かなければならないことがある。この場で射殺したくないのよ……ねぇ、タイガーマスク」


 女はアラン・スミスの仮面に走る紋様からタイガーマスクと名づけたのだろう。そう言った意味では、この夜に真の意味で虎が生まれたのだ――人殺しの虎、アラン・スミスは、武器を下ろすこともしないでリーゼロッテ・ハインラインを見つめ返していた。


 対するリーゼロッテは、虎が武器を下ろさないのを無表情に見つめ――牽制のために撃ち込もうとしたのだろうか、トリガーに力を込め――だが、女は引き金を引かず、訝しむ様な表情を浮かべた。


「……アナタ、震えているの?」


 女の質問が聞こえた瞬間、映像が一気に反転した。そして次に映像の焦点があった時は、僅かな星灯りの下で獣道を走っている場面だった。


「ADAMsを使ったんだな……それでいい、合流ポイントまでナビゲートする。落ち着いて行動しろよ、アラン」

「はぁ……はぁ……うぐっ……!」


 えづきそうな声が聞こえてから再度べスターが注視している画面が暗転し、次に景色が映った時には国道を見下ろす藪の中だった。その後は、べスターによる誘導が行われ――アラン・スミスは一度も返事をすることはなかったが――海沿いの駐車場に停まっているトラックの元に仮面が辿り着くと、べスターはコンテナの扉を開けて外へと飛びだして運転席に移動して車にエンジンをかけた。


 助手席に返り血で汚れた仮面の男が入ってくると、べスターはすぐにアクセルを踏んで駐車場を後にした。隣からは絶えず仮面の男の荒い呼吸が聞こえ続け――海沿いを抜けて山間部に入った瞬間、べスターは助手席との間にある収納の蓋を流し見た。


「精神安定剤を打つか?」

「いいや、ダメだ……これは、この苦しみは、俺が抱えなきゃいけない物なんだ……」

「だが……」

「俺のことはいいから、運転に集中してくれ……」

「……分かった」


 視線の主は収納から視線を離し、後はヘッドライトが照らす国道を見つめて、車の速度を上げたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ