10-15:虎が生まれた日 上
「第一優先はローレンスの暗殺だ。第五世代型の撃破に関してはお前に任せるが……時間を掛けるほど不利になるのは目に見えてる。投擲でローレンスの頭部や心臓などの急所を狙って、すぐにADAMsで離脱するのが良いだろう」
「あぁ、俺もそう思っていたところだ」
通信をしながらアラン・スミスは丘を足早に、同時に音もなく下り、最後は高さ二メートル半ほどある外壁を飛び越え、しなやかに着地する――全身機械であると同時に、エディ・べスターの叡智が詰め込まれたその身体は隠密機動に優れる設計となっており、ほとんど無音にて庭にまで潜入することが出来た。
さて、ここまでは遮蔽物のおかげで気配を察知されなかったが、整然として且つ広大な庭の中においては、第五世代型のレーダーに捕捉されることになる。とくにDAPAが管理する敷地内においては、異物は即攻撃対象になるはずだ。それ故、素早くミッションをこなさなければならない。
着地後のアラン・スミスはすぐに前進を始め、庭の石畳を歩くローレンス・アシモフに接近を始める。すると、ローレンスは千鳥足のように不安定に動き――恐らく、姿の見えない第五世代型が盾になるように男の前に躍り出て、その動きのせいで男の足がもつれたのだろう。
闇夜に眩い閃光が瞬き――銃口の起動を読んだのだろう、アラン・スミスは僅かに身を逸らし、空を引き裂く一筋の光線を躱しながら腕を振り上げた。それと同時に銀色の刃が月の光を反射して飛んでいき、空中のとある地点に――恐らく第五世代の頭の部分に――突き刺さった。
第五世代型がEMPナイフの電磁パルスによりスタン状態になってすぐ、仮面は二本目を投げるために腕を振ろ降ろす――だが観察眼が足らなかったのだろう、足がおぼつかないローレンスに向かっていく二本目のナイフの軌道は、急所からは逸れているように見えた。
「しまっ……!?」
仮面の声が聞こえると同時に、投げられた短剣が男に深々と突き刺さる。しかし、狙いがはずれたそれは、頭部ではなく男の肩に命中してしまった。ローレンスは僅かに呻き声を上げ――その瞬間は肩に重い衝撃が走ったくらいの認識だったのだろうが――突き刺さったナイフを見つめた瞬間に一気に痛みが来たのだろう、獣のような悲鳴をあげながら、その場にしゃがみ込んでしまった。
「痛い、痛い、痛いぃぃいいい……!」
視線の主は、男の悲痛な叫びに怯んでしまったようで、トドメを刺すのを忘れて呆然と立ち尽くしてしまった。
「おいアラン! ボケっとするな!」
べスターの言葉にやっと身体に力を取り戻すのと同時に、アラン・スミスは建物の方へと振り返った。既に玄関扉は開け放たれている――つまり、庭にもう一体以上の第五世代が躍り出てきているのだ。
ブラウン管からは、仮面の息苦しそうな呼吸が聞こえる――疲労からというよりは、極度の緊張状態のせいだろう。新たな敵に対処するために視線をせわしなく動かしているが、中々敵の姿を捕えることが出来ていないようだった。
しかし、不可視の敵というのは、本来は厄介なものだな――画面外の自分はそんな風に冷静に考えていた。ブラウン管に映し出されているのはべスターの記憶なので、普段は気配を察せる自分でもオリジナルに襲い掛かっている第五世代を見ることは出来ない。それを視るには、恐ろしい程の集中力が必要になる――極限状態では、敵の位置を見破ることは難しいかもしれない。
「くっ……そこか!?」
仮面の声が聞こえるのと、ブラスターの熱線とが発射されてくるのは同タイミングだった。寸でのところで何とか反応し、ギリギリで攻撃は躱せたようだ。反撃のために庭の茂みの方へと投げた短剣も狙いが甘かったらしく――同時に敵がそこに居るという証左でもあるが――空中で乾いた音を立てて弾かれてしまった。
「アラン、トマホークを投げてすぐに接近しろ!」
車内のべスターのアドバイス通り、アラン・スミスはトマホークを投げてからすぐに前進を始めた。そのアドバイス自体には、恐らくそんなに意味は無かったのだろう――しかしその一言は、脳がショートして動けなくなっている仮面の男の背中を確かに押したのだ。
短剣と違って質量のあるトマホークを簡単に弾けないと敵も悟ったのだろう、茂みが動いて何者かが移動を始めているのが見えた。先ほど自分が「意外と早くない」と揶揄してしまった脚力はクローンの自分より確かに早く、アラン・スミスはそれに肉薄して、取り出した高周波ブレードを振り抜き――その軌跡の途中には、鮮血の代わりに無数の配線が飛びだした。
「まだだ! 背面に周って腰の回路を斬れ!」
そう、第五世代型は首を落としたとしても、サブの回路を落とさなければ活動可能だ――その証拠に、完全迷彩の剥がれた機体の腕が上がっているのをカメラは捕らえていた。
とはいえ、べスターの助言ですぐに動き始めていたおかげで、アンドロイドが持つブラスターの銃口が仮面を狙うよりも早く、アラン・スミスは背面に周り、相手の腰にブレードを突き刺し――そこでやっと第五世代型は動きを止め、茂みの上に倒れ込んだのだった。




