10-12:ファーストミッション 上
「……アラン、聞こえるか?」
社内の機材に取り付けられているモニターを見ながら、べスターはそう語りかけた。
「あぁ、聞こえている……しかし、堂々とやり取りをして大丈夫か? 傍受される可能性もあると思うんだが」
「そこに関しては大丈夫だ。DAPAの連中も知らないプライベートな回線だからな……大戦で使い物にならなくなったと思われている国営の衛星の電波を使っているんだ」
「なるほど、ケガの功名ってヤツだな」
「それに、今のオレ達を警戒している奴はないさ」
「そりゃそうだ」
スピーカーからオリジナルの皮肉が戻ってくると同時に、モニターの視点も動き始める。何やら別荘地のような場所らしく、視線の先には夜の帳の下で引いては返す波が見える。どうやら画面の中のアラン・スミスは海沿いの国道のような場所を移動しているようだった。
「さて、もう一度作戦を繰り返すぞ。今回のターゲットはローレンス・アシモフ……DAPAが一角、アシモフ・ロボテクスカンパニーの社長だ」
「初っ端のターゲットが社長とは、大物だな」
「逆に、木っ端を暗殺したところで、DAPAを崩すことはできないだろう?」
「俺が言いたいのはそういうことじゃない……社長となれば、警護も厳重なんじゃないか?」
「そこに関しては不明だ。何せ、こちらの諜報活動では第五世代型を察知することは出来ないんだからな。とはいえ、アシモフをターゲットにしているのには理由がある。アシモフは月に二回、必ず余暇のために郊外の別荘に来る……愛人に会いにな」
「愛人という表現を使うからには、アシモフは既婚者か?」
「あぁ。正妻の名はファラ・アシモフ。こちらもDAPAの重鎮の一人だ」
べスターはそこで言葉を切って、機材の端に置いてある煙草を手に取って火をつけた。既に灰皿には数本の吸殻が横たわっており――コイツの煙草のペースで言えば、現場についてから三十分と言ったところだろうか。
「とはいえ、ファラの方は研究熱心で、常に研究室にこもりっきりだと聞くな」
「対する旦那の方は、金にものを言わせて愛人を囲ってやがる訳か。まぁ、金持ちの倫理観は、一般人のものとは比べられないんだろうが」
「そういうことだ。ともかく、我々の暗殺はこれが初めてだ。DAPAもACOに対しては警戒をしているし、社長なのだから多少の護衛が居ることは想定されるが、まさか愛人と会うのにまたぞろと強力なガードマンを引きつれることはないだろうと推測されている」
「そうだな。いくら不透明と言っても、愛人と会うのにあんまり賑やかじゃ、色気もないってもんだ……おっと」
機材のモニターの暗闇の先から、何やら光が近づいてくるのが見える――車のヘッドライトだろう。一般乗用車は自動運転が普通になっているから暗闇内でも事故の可能性は低いと言えども、視認性が悪いのは搭乗者の心理的な負担になるから、ライトを灯すのが一般的だったはずだ。アラン・スミスは国道に等間隔で植えられている木の裏に身を潜めて車が通り過ぎるのをやりすごした。
「補足をすると、お前が身にまとっている外套だが、光学迷彩を積んでいる。姿を背景に透過するだけの物であり、サーモグラフィーを搭載している第五世代型の目を欺くことはできないが、歩行者にお前の存在がバレることは無いはずだ……迷彩の起動にはベルトのボタンを押せ」
「あのなぁ……そう言うことは早く言えよ」
アイカメラをべスターの視線から画面越しに見ているせいでややこしいのだが、どうやらオリジナルはべスターの言う通りに迷彩を起動したようだ。
「あと、車の前には出るな……カメラの記憶がDAPAのデータベースに残るからな。迷彩を積んでいても解析されればバレる可能性がある。襲撃の記録はどうしたって残るが、とくに離脱時の証拠は残したくない」
「了解だ……それで、まずはポイントに向かえばいいんだな?」
「あぁ。そこで敵情視察をしつつ、アシモフが来るのを待て。アシモフが到着するのに合わせて屋内にいる第五世代型が外に出てくるはずだ。もし予想に反して大量の護衛がいる場合は、一旦はその数を認識するだけで帰還して問題ない」
「大量ってのは、何体くらいを指す?」
「お前が第五世代型アンドロイドを掻い潜って暗殺を不可能と思う範囲……訓練では三体まで同時に戦う想定をして行っていたから、安全マージンを取るなら二体までと言ったところだろうな」
「むしろ、一体もいないことを祈るけどな」
「緊張しているのか?」
「そりゃあ……とうとうこの日が来ちまったって感じだからな。人を殺せって言われるんだ、ナイーブにもなるさ。だが、納得していない訳じゃない」
今のオリジナルの口調は、研究室で目覚めて人を殺せと言われた時と比べれば落ち着いているように聞こえた。今の自分は過去のハイライトを見ているだけだが、画面の中の彼は二年の間、人を殺すということに対して自問自答を続けたはずだ――それで、ある程度の覚悟は決まったということなのかもしれない。
アラン・スミスは何度も実際に人を殺した時のイメージトレーニングをしていたはずでもある。そして結局、晴子の医療費を稼ぐにはこれしかない訳であり――本来なら死んでいたはずの自分が、処分を受けずに生きながらえる手段でもある。
とはいえ、これが初陣となれば話は別かもしれない。今までは死刑執行を待つ囚人のような気持ちで――本当は執行人側な訳ではあるが――いつ来るかも分からないその日を、漠然とした気持ちで待ち続けていただけだろう。
そうなれば、実際に人を殺めた時には、未だ想像できていない衝撃がオリジナルに襲い掛かってくると想定される。もちろん、彼が旧世界で恐れられる暗殺者として活躍していたのだから、それを乗り越えて任務を続けてはいたのだろうが。




