10-7:一課とのコンペティション 上
ブラウン管に映る部屋の隅で、二人の白衣が肩幅の広いロボットを――二足歩行型らしいが、あの図体では足音も大きく隠密性など皆無だろう――調整しているようだった。
視界が百八十度切り替わり、今度は白衣たちが居る部屋の対角線上に仮面の男が映し出される。視線の主はそちらへ向かって歩き出し、椅子に座って縮こまっている仮面の正面で止まった。
「ルールは簡単、戦闘不能になった方か……もしくは、セコンドのストップを掛けた方の負けだ」
「不公平なんじゃないのか? 向こうはロボット、こっちは人間だぞ」
「この計画にその辺りの公平性は担保されていない。お偉いさん方から見れば、より可能性のある方に投資したいというだけだからな。何より、この場でお前を人間扱いしてくれる奴は……残念ながら存在しない」
「流石、暗殺しようだなんて乱暴なことを考える連中だ……倫理観が崩壊してやがる」
仮面の男はそこで一度言葉を切って、椅子の付近にある台の上を眺め始めた。そこには、近接戦闘用と思われる刃渡り四十センチ程の二対のブレードと、投擲用と思われるナイフが複数本並んでおり――仮面は投擲用のものを一本手に取ってそれを眺め始めた。
「戦闘特化の機械を相手にするってのに、これじゃあ物足りないんじゃないか? それこそパイルバンカーでも欲しい所だぜ」
「馬鹿なことを言うな。単独にて隠密行動をせざるを得ないお前が、光学兵器や火器など使うことは推奨されない。それに、お前の装備している振動剣と投擲用のセラミックナイフは、第五世代型相手にも通用する企画として作られているんだ……一課のテスト機にも通用する。
何より、パイルバンカーなど時代遅れで粗暴な武器だ。オレの目が黒いうちは、そんなものは搭載しないぞ」
「はぁ……浪漫通じないってのは悲しいね」
仮面はそこで短剣を一度上に投げ、一回転して落下してきたのをキャッチし、その短剣を持ったまま再び縮こまってしまった。視線は敵を見ているわけではなく、床を眺めており――精神的に落ち着かない状況にあるのは誰から見ても明らかだった。
「緊張しているのか?」
「そりゃあ……訓練や今までみたいなテストとは違う訳だからな、緊張もするさ。何より……悪意をぶつけられるのは、気持ちが良いことじゃない」
そこで仮面はやっと視線を上げ、部屋の対角線を見つめ始める。視線の主も振り向き背後を見ると、ロボットの調整が終わったのだろう、白衣の男たちがあからさまな敵意を仮面の方へ向けているようだ。
この時のオリジナルを見て抱いた感想としては――ある種自分のことなので面映ゆい気持ちもあるが――どことなくナイーブな様子の少年という印象だった。二年の間に大分やさぐれたのだろう、最初の映像の時と比べて口も悪いし、先ほどの訓練の様子などを見れば多少は出来るようになってきてはいるのだろうが、それでも実戦経験が無いのだから、緊張するのも仕方ないのかもしれない。
より正確に表すなら――彼にはまだ信念なり覚悟なり、行動の指針となる物が無いというのが正しいか。それ故、悪意をぶつけられては流され、とは言っても逃げるわけにもいかず、神経質な調子になっているのだろう。
そんな風に思いながら画面を眺めていると白衣の袖が伸びてきて、仮面の肩にそっと置かれた。
「下手な手心は加えるなよ。お前のためにならん」
「それも分かってるさ……俺が使い物にならなきゃ、晴子の医療費だって稼げない訳だからな」
「……そうだな」
画面の中のべスターが煮え切らない返事をしたのは、恐らく今回の勝負に負けた場合はオリジナルの処遇は碌なものにならないだろうからだろうと推測される。この時点でのオリジナルの持つ知識量は大したことないと言っても、その身には多くの秘密が隠されているわけだから。
仮に暗殺者として大成しなかったからと言って、晴れて自由の身もあるまい。すでに戸籍もない男が外に出ることなどできないし――何の結果も出していない者の身の上を確保してくれるような温情な連中なら、そもそもこんな非人道的な実験をしないはずだ。
そうなれば、この勝負に負けたらアラン・スミスは廃棄され――同時に人質的に養われている晴子の援助も打ち切られるのは想像に難くない。とはいえ、それをオリジナルに言うこともできず、べスターとしても曖昧に頷くしかなかった、ということなのだろう。
もちろん、この後のオリジナルの活躍をクローンである自分は知っているし、そうなればこれは勝った勝負なのだろう。しかし、オリジナルはそんなことを知る訳でもないし、勝負に負けた時に何が起こるかまで認識していたかは分からない。何せ仮面のせいで表情も見えないのだから――いや、恐らく勝負に負けたら禄でもないことになるということは分かっていたのだろう、仮面は肩をすくめて小さく笑い声をあげたのだから。
「ははっ、お前の辛気臭い顔を見てたらやる気が出てきたぞべスター」
「そうか……ついでだが、任務中はオレのことはヴィクターと呼べ。今回は別に問題ないが、実際の任務中には通信が傍受される可能性があるからな。今のうちに慣れておけ」
「それもお得意の映画からとったコードネームか?」
「あぁ、死体を繋ぎ合わせて怪物を作ったマッドサイエンティストから取っている。オレにぴったりだろう?」
「誰かさんに改造された怪物は、言うほどお前のことを悪くないと思っているとは言っておくぜ」
「ふっ……ともかく、勝ちに行ってこい」
「あぁ、了解だヴィクター……見てろ、伊達に二年間、缶詰めになって訓練してきたわけじゃねぇんだ」
オリジナルは立ち上がり、投擲用のナイフをベルトに戻し、それを腰に巻いてから近接用の二本を両手に持ち、部屋の中央まで歩いて行った。対するロボットも部屋の中央へと移動をはじめ――思ったほど足音が聞こえないのは、流石に向こうの科学者たちもある程度の調整をした結果というところか。
機械仕掛けのサイボーグと戦闘用のロボットが、間合い三メートルと言った距離で睨めあい――部屋の隅にあるスピーカーから一定のリズムで電子音が聞こえ始め、最終的にブザーに切り替わった瞬間、ロボットの方が先手必勝と言わんばかりに素早く前進を始めた。




