10-4:アラン・スミスの修行 上
出会いの映像は比較的長めに上映されたが、その後は矢継ぎ早に画面が切り替わっていった。べスターなりに印象的なシーンや、こちらが知っておくべき点を映像として映しつつ、べスターが補足を入れてくれている形である。
まずは改造手術の完成――四肢から飛び出ていた配管などは間接や人工筋肉に収納されて、よりレッドタイガーに近い姿になっていた。もしかすると、フレデリック・キーツは記憶の中に符合するオリジナルに合わせて変身後の姿を作成していたのかもしれない。
施術が完成してからは、椅子にかける白衣と仮面が映し出された。ひとまず共有できる範囲で――当時のべスターの知る範囲かつ、一介の暗殺者に共有しても良い範囲で情報を共有したと説明を受けた。もちろん、同時に皮肉にもだが、オリジナルには話せなかった部分も合わせてクローンの自分は共有を受けることはできる。
オリジナルが目覚めた時には、DAPAの目的は旧政府連合内でも分かってはいなかったらしい。高次元存在の降臨やモノリスに関する情報は、ちょうどこの時チェン・ジュンダーとホークウィンドの潜入工作は並行されており、そこから徐々に明かされていったようだ。
画面の中の仮面に共有された事と言えば、戦後社会においてDAPAの技術により世界が管理されていること――とくに誰もが身体につけているマルチファンクション端末、多くの場合はMFウォッチ、MFグラスなどにより位置情報や信用情報、健康状態が管理されていることや、第五世代型アンドロイドを秘密裏に制作していることなどが語られた。とくにDAPAによる様々な工作は、組織を纏め上げたカリスマであるデイビット・クラークの台頭から始まっていたようだ。
今はゆっくりと――画面が落ち着いているという意味でも、以前のように興奮状態でないという意味でも――話すことが出来るので、映像が流れるのに合わせて気になる点を画面外のべスターに色々と質問してみることにする。
「何度か名前は聞いているが……デイビット・クラークってのは何者なんだ?」
「細かいことはそのうち説明するよ……この後、何度も出てくる、ある意味では原初の虎にとっては因縁の相手だからな。軽く概要を話しておくとするなら、デイビット・クラークは急進的な進歩主義者だった」
曰く、彼は世間に蔓延る人類の停滞感を払拭するために最先端技術であるアンドロイド開発やクローン技術、それに通信業を牛耳るそれぞれの企業を一つに纏め上げ、さらに宇宙開発など政府の強かった分野まで勢力を拡大していたということらしい。
大戦については、前世の記憶を持っている自分にも知識はあった。前大戦から一世紀の時を経て勃発した世界を巻き込んだ大戦争だが、同時に最も人道的な戦争とも呼ばれた――あくまでも勃発当初の呼称であり、終結時には大きな災厄を招いたのだが――奇妙な戦争だ。
その実態は、コンピューターで制御された兵器同士での代理戦争だった。空ではAIに管理された無人の戦闘機が激突し、陸では第三世代型アンドロイド達が鉄火を交える――人と人とが戦う戦争は終わったと同時に、前世紀のイデオロギーにおける小国同士の代理戦争が機械化されただけとも言える。
しかし、最も人道的と言われた代理戦争は、結局は国力差によるマネーゲームの延長戦とも言える。要するに、人同士が争った戦争においては兵站や補給などが重視された代わりに、戦闘で消耗したアンドロイドや戦闘機を供給し続けられるだけの国力を有する国が最終的な勝利者となるだけ――大戦を始めた時の二大国は表面上の国力が拮抗しており、また独自の生産ラインを有していたため、相手を出し抜けると思っての開戦だったのだろう。
だが、結局はその独自の生産ラインは、DAPAを有する連合国側の方がパイプが太かった。それも某国の想像を遥かに超えてだ――そうなると結局、陸地を制覇するアンドロイドたちに対し、生産の追いつかない某国では人間が――場合によってはサイボーグが――レジスタンス運動を始めることになる。最終的には人道的と呼ばれた戦争は、アンドロイドが人を制圧し、人がアンドロイドに抵抗するという人類史上でも類を見ない凄惨な消耗戦へと突入したのだ。
「……ちなみに、某国へ第三世代型を供給していたのは、結局DAPAだった……ということは知っていたか?」
質問に対して首を振ると、画面の中でオリジナルに対して何某かを説明している白衣の男と同様に、画面外のべスターは紫煙を吐き出した。要するに、某国が独自に生産していたと思っていたラインにもDAPAの息がかかっており、結局は主要国の趨勢はDAPAによってコントロールされていた、ということらしい。
「戦争は技術を飛躍的に進歩させる……ある意味では自由経済の競争原理の頂点にある訳だからな。とくにクラークとしては、宇宙技術を発展させたかったようだ……実際、大国はそれぞれ核ミサイルを搭載した軌道衛星を打ち上げて……後は分かるな?」
二つ目の質問に対して、自分はべスターに頷き返す。結局は互いの宇宙からの核攻撃を恐れるあまりに、某国は敵国の軌道衛星を撃ち落とすという暴挙に出たのだ。一度攻撃が始まってしまえば、後は応酬が起こるだけ――大国は互いに大気圏の外で核攻撃を打ち合うという最悪の結果を招いてしまったのだった。
大気圏内での爆発でなかったが故に地表に降り注ぐ放射能は限定的であり、ただちに地上に人が住めなくなるというほどの致命的な被害にはならなかったものの――電磁パルスとインフラとして活用されていた多くの人工衛星の破壊により、地上ではしばらく通信や電気の使えないという、二世紀前の生活水準に戻るという大混乱が発生したと聞く。
また、衛星軌道上で無数の人工衛星が爆弾を打ち合った結果、大量の放射能汚染されたスペースデブリが生成される形になった。スペースデブリの多くは地表に引かれても燃え尽きてしまうが、一部地表に到達する時には落下の被害と放射能の被害の両方をもたらしたのだった。
その結果として戦争どころの話ではなくなり、大戦は終結したのだが――終戦後、すぐに各国はインフラの再整備と放射能の除染に取り組まざるを得なくなった。とくに人が住む居住区が優先してその対象になり――平野部には除染のための大規模なメガロポリスが作られ、人々はそこに密集して生活することになった。
同時に、除染作業の出来ない多くの地域は立ち入り禁止区域となってしまった。とくに、オリジナルの出身国は島国であるものの、海を挟んで大国の隣であったが故に放射線汚染が酷く、山地が多い国土に対してかなりの地域が閉鎖されてしまった。
食糧に関しては放射能の被害が少なかった地域を農地として転用しつつ、クローン技術など前時代で言えば推奨されなかった方法で食糧生産をすることで、何とか人類は滅亡の危機から逃れたのだった。




