10-2:二度目の目覚め 中
「こ、これは……?」
「まぁ、オレからすれば生きているって言いたいところさ。サイボーグだって一つの立派な人格だ。とはいえ、本来なら機械化手術は本人の同意が必要……機械化した者が生きているかの定義は、まだナイーブな問題だからな。それで普通に生きているかどうかという判断は、お前に任せるよ」
「くそ、どうなってるんだ、これは……!」
異形は部屋のガラスに照り返す己の姿を見てから、仮面の上をその黒い手で触り始めた。そして顎のあたりに手を掛けたタイミングで、べスターが「それを外すのはおすすめしないな」と声をあげた。
「外して見たところで、事故でボロボロになっている顔が映るだけなんだから」
「……アンタ、医者って感じじゃないな。何者だ?」
ここまでどこか礼儀正しかった仮面は、手を下げながら敵意を乗せた視線を男に向けてくる。対する男はたじろぎもしないで、紫煙の向こうに浮かぶ仮面をじっと見つめていた。
「意外と冷静だな。まぁ、オレが何者かはおいおい話す……ひとまず、話が済んでからだ。
さて、病院での処置が難しいほどに損壊していたお前をサイボーグ化したのには理由がある。それは、お前が我々にとって都合のいい素体だったから。端的に言えば、一つの仮説を立証するための実験台として蘇らせたんだ」
「全然具体的じゃないぞ」
「その辺りも、お前がこちらの要求を呑むのなら話す……要件を言おう。その機械化した身体を活用し、お前には要人の暗殺に従事してほしいんだ」
「……はぁ?」
「もちろん、タダでとは言わない。こちらの要求を呑んでくれれば……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ……全然話についていけないんだ。もう少し詳細に話してくれないか?」
「それは出来ない。これは、極秘裏のミッションであり……お前が要求をのまないというのなら、この場で死んでもらうことになっているからだ」
男はホイール付きの椅子を蹴って寝台から離れて、白衣のポケットから何か管のような物を取り出し、それを顔の高さまで持ち上げて、その先端についているボタンに親指を添えた。
「このボタンを押せば、お前の身体に仕掛けられている爆弾をいつでも起爆することが出来る。体表はちょっとした爆発程度なら耐えられるが、流石に体内に埋め込まれたモノまで無力化はできん」
「……おい、冗談だろ?」
「試してみるか?」
親指が少し内側に動くと、仮面は間接から配線の飛び出る腕をぎこちない調子で上げ――恐らく、まだ神経が上手く通っておらず、思ったように動かせないのだろう――首を振った。
「ま、待ってくれ……少し整理はさせて欲しいんだ。起きたら身体が改造されてて、暗殺者になれなんて言われても、混乱するのは仕方ないだろう?」
「まぁ、それもそうだな」
「まず、俺はごくごく普通のフリーターだ。そんな奴に暗殺をさせようだなんておかしくないか?」
「その辺りにも正当な理由はある。別に、今までのお前に期待はしていない。これからのお前に期待しているだけだ。過酷なミッションをやり遂げるための機械化でもあるし、訓練する時間も与える」
「くそ、話が一方的だな」
仮面は悪態を吐きながらがっくりとうなだれてしまい――視線の主が寝台の近くに椅子ごと戻ると、ぽつりぽつりと呟くように語り始めた。
「俺は普通に生きてきたんだ。そりゃ、妹以外の家族を事故で失って、進学は諦めたが……この国で人殺しなんて犯罪だし、そういった世界で生きてきたんだよ」
「もう一度言う。お前の言う普通の奴は社会的には死んでいる。ここに居るのは戸籍も変える場所もない、ただの亡霊だ。死人が人を殺すことに関する法律はない……だから問題ないんだよ」
「あのなぁ……そういう問題じゃないだろう? 俺の気持ちは無視かよ」
「……止むにやまれぬ事情があるんだ」
べスターは紫煙を吐きながら仮面から視線を外した。一応、以前に情報を共有されているので自分としては当時のべスターの気持ちも理解できる――世界の情報インフラを牛耳っている連中を相手にするのには秘密裏に、同時にDAPAから眼をつけられていない人材を確保する必要があった訳だし、更に言えば協力を取りつけられるまでに下手なことを言えば、情報漏洩に繋がるリスクがある訳だ。
そうなれば、止むにやまれぬ事情という言葉でお茶を濁そうとするのも致し方ないのであろうが――仮面の人格を無視しているという点に関して、反論できないのも確かであったのだろう。
とはいえ、煙を二度ほど吐き出して気分も落ち着いたのか、べスターは再び仮面の方へと向き直った。




