10-1:二度目の目覚め 上
ブラウン管に映し出された浅黒い肌の異形は、自分がレッドタイガーを纏っている時と雰囲気が近い。しかし、所々配線が飛び出ているところを見ると、生物というよりも機械的という印象を受けた。
しばらくガラス越しに異形を眺める映像が続き――その間にべスターにこの映像は何だと問うと、自分のオリジナルへの施術が終わり、初めて会話をした時だという返事が返ってきた。
施術をしているところから見たかったかという男の質問に対しては、首を振って応える。事故で酷い状態になっている身体をまざまざと見たい訳ではないし、それが自分の物であれば――厳密にはオリジナルのことであっても――尚更だ。
そんな風に画面外でべスターと幾許か会話をしていると、映像の方に動きが出始めた。寝台に横たわる異形の身体が動き始めて上半身を起こし――それに合わせて視線の主もガラスの横にある扉から中に入り、椅子を引いて背もたれに顎を乗せた。
「目覚めたか。調子はどうだ?」
「……気持ちわりぃ」
「そうだろうな」
ブラウン管についているスピーカーから声が流れ始めるのと同時に、視線は椅子の隣にあったモニターへと移る。男はモニターに映る数字を眺めながら何かを取り出し――それを咥えてライターで先端に火を灯すと、画面いっぱいに紫煙が写しだされた。
「バイタルは問題ないが、セロトニンやノルアドレナリンの数値が悪い……とはいえ、意識はハッキリしているようだな。どうだ、事故で頭を強く打ったみたいだが、自分のことはちゃんと分かるか?」
「俺は……伊藤……」
視線の主は素早く振り返り、異形のつけている仮面の顔の前――口に該当するあたりに人差し指を突き立てた。
「そいつは死んだ」
「なっ……何を言ってるんですか?」
「すまんな、こちらから聞いておいて意味不明だと思うが……事実を言ってるんだ。そいつは死んだことになっている。既に戸籍は無くなっているし、簡易だが葬儀も行われた。
まぁ、その死んだ誰かさんは天涯孤独の身だ、葬儀に参加するヤツもほとんど居なかったし、焼いたのは人に偽装したただの肉塊だがな」
矢継ぎ早に繰り出される男の言葉に、仮面の方はたじろいでいるようだった。それもそうだろう――今の自分ならそれなりに状況を理解できるが、目覚めた直後に聞かされる内容としては、いささか情報過多に違いない。
視線の主――画面の中のべスターは仮面から椅子を離し、一度モニター横にある空き缶に煙草の灰を切って、再び背もたれに顎を乗せた。
「順を追って話そう。お前は自動運転の大型トラックに轢かれて重傷を負った。轢かれそうになっている女の子を救ってな」
「なんとなくだが覚えています……それでその子は無事だったんですか?」
「……あぁ、押し出したせいで軽い擦り傷を負ったが、それだけだ」
「そうか……それなら良かった」
この時、なんてお人よしな奴だと思ったと、画面外の方のべスターから声を掛けられた。自分はただ、お上から与えられたミッションのためにお前を改造しただけであり、そこには良心の呵責もなかった。同時に、自分のことよりも他人の心配しているなんてのんきな奴だと――そう仮面のことを称した。
画面外からの声が切れると同時に、スピーカーから「話を戻すぞ」という声が上がった。
「本来なら即死してもおかしくないほどの重体だったが、幸か不幸か受け入れ先の病院に搬送するまでお前は一命を取り留めていたんだ。とはいえ、すでに手術でどうこうなる領域は超えていた……病院の設備では治療することは不可能だっただろう」
「でも、俺はこうして、生きて……」
「自分の体をよく見てみろ」
男の言葉に仮面は視線を降ろして自分の体を見つめて――そしてすぐに悲鳴のような声をあげた。それに合わせて、仮面に走る虎の紋様のような筋が、黒から赤に切り替わった。画面外のべスター曰く、発汗作用が無くなっているため、興奮状態になった時の体温調整をする機能が働いている時に色が変わるとのことだった。




