9-76:そして虎は原初へと至る 下
「……すまない。お前に協力すると息まいて、結局はこの体たらくだ」
男は絞り出すような声で悔恨の言葉を吐いた。今の言葉には、様々な意味合いが込められているように思う――初めて声が聞こえてきたとき、べスターはこちらに力を貸してくれると言った。同時に、今度こそは俺の正義を掛けようと言ってくれていたことを思い出す。
察するに、べスターは旧世界で自分をDAPAとの戦いに巻き込んだことを後悔していたのだろう。それだけでなく、最悪の結果を招いてしまったことに心を砕いてきたに違いない。しかし自分としては、そんな彼に感謝こそすれ、恨む気持ちなど毛頭持ち合わせていないのだが。
「……ちなみに、今回は俺がどれくらい眠っていたか分かるか?」
こちらの質問に対し、べスターはようやっと椅子から顔を離して顔を上げた。
「以前も言ったように、オレは外の様子を完全に把握できるわけじゃないが……体感としては極地基地で目覚めた時よりも遅かった。そうなれば、一週間前後と仮定できる」
「なるほど……それでこんな風に会話が出来ているのなら、どうやら世界が終わったわけじゃないようだ」
「あぁ、そうだな。お前の頑張りのおかげだ、アラン」
「逆に、お前がADAMsの切り所を指摘してくれたおかげでもあるぞ、べスター。だから、お前のサポートは十全だったんだ」
なんとか友に――思った以上には年上だったようだが、共に窮地を潜り抜ける中で、彼のことは信用できる相棒のように思っているのは間違いない――元気になってもらおうとお膳立てした訳だが、こちらの慰めは心に響かなかったらしい、べスターは瞼を閉じながら首を振った。
「いいや、いつだってこうさ。オレはいつだって後手後手で、本質的な解決をすることが出来ない……」
そんな風に意味深な独白をされたところで、こちらは理解できないのだが。いっそ、べスターの身の上話を聞くのも良いかもしれない――どの道、この空間から出ることは容易でなさそうだし、今までは時間制限があって過去のことをあまり聞いている暇もなかったのだから。
「なぁ、それなら……昔話を聞かせてくれないか?」
「構わんが……オレはお前の過去について全てを知っているわけじゃないぞ?」
「別に自分のことを知りたいと思っているわけじゃないさ。いや、そりゃ多少は知りたい部分もあるが、どちらかと言えば知りたいのはお前たちの……旧世界の人々のことだ」
そこまで言った瞬間、今自分がやるべきことはこれだという不思議な確信が沸いてきた。何故なら――。
「……俺は知らなきゃならないんだと思う。お前のことも、グロリアのことも……それだけじゃない。リーゼロッテ・ハインラインのことも、フレデリック・キーツのことも、ファラ・アシモフのことも。何よりも……」
「……晴子と右京か」
「あぁ。言ってみれば今回の戦いの原因は、その二人の対立にある。そして、俺のオリジナルは、その二人と浅からぬ因縁があった。
何よりも、右京が高次元存在を求める理由、俺はそれを知りたいんだ」
右京はオリジナルに高次元存在を求める理由を話したと言っていた。少年のやってきたことは許されるものではないが――やはり、自分は彼の目的が気になるのだ。
もしかしたら、べスターはそれを知っているかもしれない――そう思って男を見つめる。恐らくべスターも記憶を探って右京の言葉を思い出そうとしてくれているのだろう、紫煙を吸いこみながらしばらく押し黙り、首を横に振った。
「オレの記憶には、右京が高次元存在を求めた理由は無いな。何を考えているか分からないやつだったし、自分のことを語ってはくれなかったから……」
「しかし、お前は俺たちを見ていたんだろう? 改めて記憶を掘り起こせば……アイツと過ごした日々を思い出せば、何かの糸口にはなるかもしれない」
「そうだな……どうせ他にやることもないんだ。それも良いかもしれないな」
男は皮肉気に口元を釣り上げ、煙を吐き出しながら頷いた。ひとまず、彼のナイーブな自己批判から意識を逸らすことには成功したらしい。もっとも、自分が旧世界でのことを知るべきというのも偽らざる本心だ――今まで戦闘行動中でなければゆっくりとべスターと話すこともできなかったし、ある意味ではこれもちょうどいい機会と言えるだろう。
「それでどうする? 右京との出会いから語るか?」
「いや、折角時間があるんだ……お前の知っていることを最初から教えてくれ。言っただろう? 俺はお前やグロリアのことも知りたいんだ」
「了解だ、それじゃあ……」
べスターが身体を斜めに傾けると、その視線の先にもう一つのスポットライトが当たった。そこには、古式ゆかしい四角いモニターが――確かブラウン管と言ったか――鎮座しており、画面には砂嵐のような白と黒の線が無数に走っているのが見える。
「記憶を掘り起こして、オレの知っている範囲のことを共有していこう……今から見せるのは、かつてクラウディア・アリギエーリが語った偽りの神話ではない。旧世界で実際にあった、ある意味では本物の神話……邪神ティグリス、原初の虎の始まりの物語だ。七柱から見たら、偽典だろうがな」
男がいつの間にか取り出していたリモコンをモニターに向けてボタンを押すと、砂嵐から画面が切り替わり――正方形の画面の中に、キーボードや吸い口が山積みになっている灰皿が現れた。恐らく、アレは旧姓界でのべスターの視界だ――彼の記憶を共有しているのだから、そう考えるのが自然だろう。
そして、ブラウン管に映った画面が動き始める。視線の主が椅子から立ち上がって後ろを振り向くと、そこには壁一面に貼られているガラスがあった。その先には、台に横たわる人の姿が――いや、身体の節々からワイヤーの飛びだす、一人の仮面の異形の姿があるのだった。
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