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9-74:そして虎は原初へと至る 上

 今、自分の身体を取り巻く環境は不思議な感じがする――気が付けば、何やら真っ暗な場所にいるのだが、この暗さはべスターと会う空間と一致しているように思う。同時に不思議な浮遊感があり、これはレムと会話していた空間に近かった。


「……よう、アラン」


 声がして視線を上げると、暗い空間の一部がスポットライトが当てられているように明るくなっており――そこには椅子の背もたれに顔を乗せている黒いワイシャツの男性がいた。無精髭に黒縁眼鏡、くたびれた雰囲気の顔立ちはアレイスターに近いとも言えるが、幾分か彼よりも若い雰囲気であり、髪も不揃いながら短く切られているのを見ると、三十代半ばくらいの技術者、といったところだろうか。


「よう、ベスター……辛気臭い顔してんな」

「とうとう見えるようになってしまったのか……」


 べスターは右手の紙巻きたばこを口元へ持っていき、大きく吸ってからアンニュイな表情で大量の紫煙を吐き出した。


「それで……俺はどうなったんだ?」

「オレの姿が完全に見えているんだろう? ならば、死んだんじゃないか?」

「……まぁ、元から死んでるようなもんだったけどな」

「おいおい……拗ねるなよ」


 べスターの言う通り、拗ねたところで仕方がないのは分かっている。それに、命を掛けてでも高次元存在に立ち向かうと決めたのは自分であり、自分の選択に後悔がある訳ではない。


 とはいえ、やはり終わってしまったと実感すると、胸にぽっかりと穴が空いたような心地になる。気分と連動して落ちた視界の中に、べスターが掛けてくれたのだろう、少々汚れの目立つ白衣に包まれて、彼と同様に椅子に座っている自分の身体が映し出された。


 高次元存在に突き出した左足が欠けてしまっており、感覚もなかった。同時に視線を右に向けると、やはり朽ちた腕は再生しておらず、白衣の袖がだらんと垂れさがっているのが見える。


 四肢が無くなってしまった喪失感も間違いなくあるのだが、同時にまだ自分の身体が存在することが不思議でもある。もちろん、この空間は自分とべスターの精神世界の様なものであり、実物の自分の身体は既に完全に朽ちてしまっている可能性もあるのだが――失ってしまった腕と足を除けば、まだ何となくだが身体は残っている感覚はあった。


「……恐らくだが、お前の身体は高次元存在に呑み込まれて、そのまま海に落下したんだろう。今現在の感覚的に言えば、海の中を揺蕩っているという感じだな」


 再び視線を上げると、べスターは煙草を吸いながらこちらを眺めていた。しかし、彼の考察は正しいように思う。自分の身体を包む不思議な浮遊感が、海を揺蕩っているとするならば納得がいくし――同時に高次元存在という不可解な存在に取り込まれているが故、何某かの理由で身体の崩壊が防がれているのかもしれない。


「アラン、身体に痛みは無いか? 違和感などでも良いんだが……」

「違和感が無いとは言わないが、とりあえず痛みは無いな。夢みたいな所にいるせいかもしれないが……」

「成程……これは一つの仮説に過ぎないが、お前の身体の崩壊は、高次元存在が止めてくれているのかもしれない」

「……何故? どうやって?」

「いっぺんに質問するな……ただ、両方にそれらしい理由を添えることはできる。まず理由に関してだが……星右京の言葉は覚えているか?」


 先ほど右京から聞かされた情報はかなり多かったので、べスターがどのことを指しているのか迷ってしまう。しかし恐らく、今のタイミングとなると――。


「俺には高次元存在の加護があるってやつか?」

「御名答」


 べスターは右手の煙草の火種でこちらを指し、そのまま手を翻して煙を一吸いした。


「お前は最後の一撃で、高次元存在の体内に飛び込んだ……それで、高次元存在は庇護者であるお前を己の体内で温存している、とも取れるんじゃないかと思う」

「……俺の行動は、高次元存在によって歪められていたのか?」


 せっかくの考察に対する返答よりも、そんな不安が湧き出るほうが早かった。自分は、自分なりにこの世界を――惑星レムを見て、自分なりに判断して道を選んできたつもりだった。しかしそれが超越者によって仕組まれていたとなれば、納得がいかない部分がある。


 より正確に言えば、そもそもこの世界の人々は七柱の創造神によって思考と行動を矯正されていた訳だが、もしかすると自分も気付かぬうちに、同じように高次元存在に操られていたのではないか――つまり、自分の自由な意志が侵害されているのではないかという不安がよぎったのだ。


 こちらの言葉に対し、べスターはこちらから目を背け、再び煙草を口に運んでゆっくりと息を吸いこんだ。

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