9-70:私たちの旅路の果て 下
「それに、全く勝算が無い訳でもないんだ。光の巨人……高次元存在は、この星の人々に進化が見られないと判断するから降臨するんだろ? それなら、その逆をやってみせりゃ良いんじゃないかってな……諦めの悪い奴が居るってことを、神様に見せつけてやるんだよ」
彼の作戦が功を奏すかどうかの判別は自分にはできない。しかし、なんだか上手くいく気もする。一応、星右京の言葉を借りるなら、アラン・スミスには高次元存在の恩寵がある――逆説的に言えば、彼はこれから起こりうることを直感しているのだし、その証拠に彼の勘はいつでも的中してきた。
なにより、この最後まであきらめない姿勢が、何とも彼らしいではないか。自分だって、彼には最後まで彼らしくあって欲しい。その選択は自分にとっては覚悟のいるものであることは分かっていても――。
「……それで? どうやってあの距離にいる高次元存在の元に辿り着くつもりなの?」
「いやぁ、それに関してはだな……今から考える」
「ふぅ……アナタはやっぱり馬鹿だわ。でも、そんな馬鹿なアナタのために……私が道を作ってあげる」
そう言いながら自分も立ち上がり、腰から二対の神剣を抜き出して、辺りの鐘楼に向けて翡翠の刃を振りかざす。そしてすぐに宝剣で重力を操作し、尖塔が落ちる前にそれらを宙へと浮かべる。
「重力を操作して、これらの尖塔を光の巨人に向けて撃ちだすわ。距離的に、完全には届かないでしょうけれど……」
「いいや、途中までで十分さ」
そう言いながら、彼は近くに浮遊する一つの鐘楼へと飛び乗った。彼に馬鹿と何度言ったか分からないけれど、今の自分の方がよっぽど愚かだ――こんなことをしなければ、最後の時を彼と共に過ごすという、ささやかな望みを叶えることが出来るのに。
しかし同時に、世界の終りのこと時だからこそ、少しでも彼の喜ぶことをしてあげたい。そして、振り向いた彼がこの後に何を言うかも――共に旅をしてきたのだから予想もつく。
「ありがとうエル。やっぱり、君はいつでも俺の背中を押してくれるんだな」
「えぇ……全く癪だけれど。どうやらそういう役回りらしいわ」
今にして思えば、自分が彼を信用できたのは、遠い祖先の記憶が遺伝子に刻まれていたせいなのかもしれない。原初の虎ならば、どんな過酷な任務だってやり遂げることが出来ると――それを本能的に悟っていたのだろう。
そう思った直後、自分は首を横に振った。こんな風に遺伝子であるとか因果であるとか、そんなことに縛られたくはない。
(……私は、私の目で彼の背中を見てきた。だから……彼を信用したのも、この胸の想いも、誰のものでもない、私だけの物よ)
彼への想いを噛みしめるように、胸の前で左手の宝剣を強く握りしめる。対する彼はこちらなど見向きもせず、向かっていくべき標的を、ただまっすぐに見据えているだけだった。
「……覚悟は良い?」
「あぁ、いつでもいいぞ!」
「それじゃあ……行くわよ!」
左腕を思いきり振り払うと、その動きに連動して、計五本の尖塔が屋根を前にして金色の巨人に向けて撃ちだされる。家宝の剣、武神の遺産の力が凄まじいおかげか、鐘楼は凄まじい勢いで遠ざかり――見えなくなるまで、最後の時まで、彼の背中を見届けたいのに――すぐに自分の目では視認できないほど小さくなってしまった。
「なんて馬鹿なのかしらね、私は……」
もう答えてくれる人など誰もいないはずなのに、気が付けばそう独りごちていた。最初に来たのは虚無感、そしてすぐに取り返しのつかないことをしてしまったという喪失感が襲ってきて、思わず膝から崩れ落ちてしまった。
「うぁ……うぁあああああ……!」
本当に、自分は何て愚かなのだろう。愛しい人と最後の時を迎えるどころか、自らの手で――たとえ彼が望んだとしても――死地へと送り出してしまったのだから。
結局、可愛らしさや女らしさなど微塵もない自分には、彼に安息であるとか、安らぎであるとか、そういったものを提供できなかったのだ。自分が彼にあげられるものは、いつだってこんなものばかり――虎を戦場へと駆り立て、送り出すこと。そんなものしかあげられなかった。
これが、自分たちの旅の終着点。あの森でアラン・スミスと出会い、ソフィアによって纏め上げられた即席のパーティーだったはずが、気が付けば随分と遠くまで来たものだ。いくつもの激戦を繰り広げ、仲間を失ってすら辿り着いたここが――世界の終わりに辿り着いた、私たちの旅路の果てなのだ。
『……馬鹿な子ね。折角、最後の時をアナタに譲ってあげたというのに……でも、そんなアナタを誇りに思うと同時に、愛おしく思うわよ、エリザベート』
内なる声が脳内に響くのと同時に、なんだか意識が遠くなってきた。それは、甘美なる誘いであると同時に、自らの過ちからの逃避でもあるような気がして、胸に重い罪悪感が圧し掛かってくる。
『ねぇ、良いことを思いついたの。その実現が叶うまで、アナタは眠っていなさい。大丈夫、きっとアナタも喜ぶから……』
そしてその言葉を最後に、自分の意識は暗く深い闇の底へと落ちていくのであった。
次回投稿は11/8(水)を予定しています!




