9-66:散り行く者たち 上
第七階層魔術の直撃を受けてなお、顔を上げて抵抗の意思を見せる熾天使の姿を見て、空中に浮かぶアルジャーノンも「ほう」と感心したように眼を見開いていた。
「まだ原型があるのか! 君の装甲を余裕でぶち抜けるだけの魔術は選んだつもりだったんだが!」
「まだ……だ……私は、レア様の……ために……」
「ははは、君の忠義、あっぱれだよ。だけど、もう一撃は耐えられないだろう。一思いに終わらせて……うん?」
魔術神は異常事態を察知したのか、今度は驚いたように眼を見開いて、ルーナの方へと振り返る。
「……おいルーナ、死にたくなければ全力で結界を張ることをおすすめするよ」
「……なんじゃと?」
自分には何が起こるか分からないし、ルーナはキョトンとした表情を浮かべるが、すぐに彼女の方は事態を察知したようだ――慌てて目の前に七星結界を出すと同時に、盾にするつもりなのか、残っている第五世代型達を自身の前に展開させた。
同時に、アルジャーノンは高速で飛行して距離を取ったようだ。そして自分はアガタに肩を引かれた瞬間――アズラエルが不敵に笑ったのが見えた。
「生きていればこそ、死にも意味があるというもの……約束を守ることは出来そうにありませんが……!」
アガタに連れられてドンドンと声が遠ざかっていくが、アズラエルが何か大いなる覚悟を持って事を成そうとしていることだけは理解できる――そして建物の物陰に身を潜めたと同時に、アガタが自分の前に立ち、両の腕を前へと突き出した。
「アガタ? 結界は使えないはずじゃ……」
自分の声は、下で起こった大爆発によってかき消されてしまった。恐らく、アズラエルが巻き起こしたのだろう。ただ見えるのは、赤々と燃ゆる炎と、アガタの手のひらの先にある結界だけ。しかも、第六天結界――レムの助力が無いはずなのに、彼女がなぜ神聖魔法を使えているのだろうか。
ともかく、アガタのおかげで爆風に吹き飛ばされずに済んだのは間違いない。同時に、かなりの爆発であったから、あの一帯にいた第五世代たちの大多数は、恐らく倒すことには成功しただろう。
しかし、アズラエルが犠牲になったのも確か――しかし、なんだかまだ彼が居なくなったということに実感が沸かなかった。彼に対しては妙なシンパシーを感じていたし、本来なら彼を追い詰めたアルジャーノンに憤りを覚えるべきとも思うのだが、恐らくホークウィンドやアランのこともあり、感情の整理が追いついていないのだろう。
そのせいだろうか、ただ唖然と立ちゆく土煙を眺めていると――その先の遠い空で、魔術神がこちらへ向けて杖を突き出しているのが見えた。
「……ティア!!」
アガタに身体を抱きしめられた瞬間、彼女は恐ろしい力で背後へと跳躍した。都合、自分の体も一緒に飛ぶことになるが――彼女の膂力から察するに、恐らく補助魔法による身体強化と結界の跳躍をしようしたはずだ。
アガタと自分の体は地面に着地しなかった。空中要塞が作る僅かな隙間――つまり、空へと自分たちの身体は吸い込まれ、そのまま重力に引かれるまま落下を始めたのだった。
「ごめんなさい、ティア。アランさんの元へとアナタを届けられずに……ですが、私はアナタまで失うことには、耐えられそうにありませんから……」
アガタが自分を抑える力が弱まり――代わりに彼女はこちらの右手を掴んできた。それを軸にして空中で振り返ると、彼女の胸にある十字架が淡く光っているのが確認できた。
「アガタ、それは……?」
「まだ終わった訳ではありません。私も、アナタも……そしてレムも」
アガタが自分の両手を強く握ってくる。そして雲海を突き抜けた先、遥か彼方の海上に、世界中から集まってくる金色の粒子が見え――その先には両腕を広げて天を見つめる金色の巨人の姿があった。




