9-65:限界を超える抵抗者 下
「は、ははは! コヤツ、自滅しおったぞ!」
ルーナは顔を引きつらせながら、ホークウィンドが立っていたところを指しながら無理やりに笑っているように見えた。それどころか、一歩、二歩と前へ出て、彼の象徴たる巨大手裏剣に蹴りを入れ始めた。
「アレだけいきり倒していた癖に! 情けない奴め!!」
その言葉、その姿に、髪が逆立つような怒りを感じる。クラウにした仕打ちだけでなく、アナタは私の師匠まで侮辱するのか。思わず飛び出しそうになる自分の肩を、再度アガタが掴み――振り返ると、アガタも悔しそうに口を引き結びながら首を横に振った。
「悔しいでしょうが……彼が最後に見せてくれた可能性を無駄にしないためにも、私たちは前に進まなくてはなりません」
アガタの言う通りだ。ホークウィンドは限界に近い状態で、最強の結界を打ち破って見せた。それはホークウィンドが語った、自らの可能性を信じる強さに他ならない。その強さを胸に、前へと進もう――アガタに頷き返し、自分たちは再び坂道を昇り始めることにする。
そして足を進め始めたのと同時に、遠い空からアルジャーノンの声が聞こえ始めた。
「ビビり散らかしてたくせに偉そうじゃないか……見たところ、彼は既に限界だったんだ。もう少し元気な時にかち合っていたら、死んでいたのはむしろ君の方だぞ?」
「ちっ……うるさい! 貴様は逃げた虫どもを追うがいい!」
「まったく、手を出すなと言ったり追えと言ったり、言うことがころころ変わって面倒くさいね、君はさ。まぁ……彼に露払いをすると約束してしまったからね。さっさと外にいる不穏分子を倒して、僕はアルフレッド・セオメイルと夢野七瀬のクローンを追うことにするよ」
声のしているほうを少しだけ横目で見ると、アルジャーノンは少しヘイムダルに近づき――杖の先端をアズラエルに向けながら不敵に笑って見せた。
「さて、アズラエル……君にも一応質問しよう。アシモフと袂を分かち、僕らに与する気はないかい?」
「騎士は二君に仕えん!」
アズラエルの手から大鎌が投げられ――アレには何かの機構が仕込まれていたのだろう、炎を巻き上げながら加速し、回転しながら魔術神の方へと向かって飛んでいった。
しかし、魔術神の方は冷静そのものだ。空中で右足を投げ出し、その先端から七重の結界を展開している――足から出すとはふざけている様だが、自分もクラウも跳躍する時には利用するし、何より手が空くので彼にとってはアレが合理的なのだろう。結界によって鎌は弾かれ、同時に男の背後から魔術により幾重もの氷柱がアズラエルに向かって照射された。
アズラエルはその軌道を読み、見事に躱しながら跳躍し、空中で弾かれた鎌をキャッチした。対してアルジャーノンは追撃することは無く、興味深げに着地する熾天使を眺めていた。
「自らを騎士と思いこむアンドロイドとは、なかなかに愉快だが……しかし今の一撃、予想外のパワーだった。面白い……どうやったんだ?」
「それは私が生きているからだ!」
熾天使は吠えながら踏み込み、もう一度鎌を投げようとする――その瞬間、地面に刺さった氷柱から魔法陣が発生し、地割れを起こしてアズラエルはバランスを崩してしまう。
「くっ……!?」
続く追撃を予想したのだろう、アズラエルは再び跳躍して地面から離れた。しかし、彼が上昇するよりも早い速度で、割れた地面から無数の黒い手が伸びあがり――闇属性の魔術だろうか――それらがアズラエルの身体を掴み、空中で磔にしてしまった。
アズラエルは身をよじるが、その掴む力が強大なせいか、なかなか身動きが取れないようだ。なんとか右腕で闇の手を振り払ったがそこまで――対するアルジャーノンは、興味深げに羽交い絞めにされている熾天使を眺めた。
「成程、ホークウィンド然り、君然り、何やら自己の限界を超えようとする思い込みが、想像以上のパワーを引き出しているようだ……そうなると、以前のソフィア君の魔術も、もしかしたら似たような現象なのかもしれないな」
「おい、アルジャーノン! さっさとそいつにトドメをさせ!」
「うるさいババアだなぁ……もうやっているよ」
ルーナの怒声に対して、アルジャーノンは不満げな表情を浮かべながら、魔術杖を捕らわれの熾天使へとむけた。同時に、彼の背後と杖の先端に合計魔法陣が浮かび上がる――話しながらも思考を続け、演算の難しい第七階層魔術を編んでいたということか。
「吠えるがいい、魔術杖ムスクェレンス……駆けろ、漆黒の稲妻! アビススパーク・ボルテックス・アサルト!」
魔術神が放った魔術は、アークデーモン・タルタロスが使っていた魔術と同じ名だった。恐らくは、アレはタルタロスの独自の魔術であったのだろうが――魔族すら管轄していた魔術神からすれば、そのトレースも容易ということなのだろう。
しかも強化弾を使っているせいか、以前に見たものよりも高威力であるようだ。幾筋もの黒い稲妻が収束し、宙を駆け、アズラエルの身体を呑み込んだ。その力の余波は離れたこの場所にも届くほどで――身をかがめ、吹き飛ばされないようにするのがやっとだった。
同時に、自分たちが死闘を繰り広げていた石畳やその周囲の建物は、まるで紙か粘土とでも言わんばかりに容易に破壊しつくされておる。魔術神には敵味方など関係ないのか、周囲にいた第五世代型も漆黒の稲妻に巻き込まれ、破壊されてしまっているようだった。
それほどの威力の攻撃に晒されたのだから、アズラエルも無事ではすまないだろう。稲妻が過ぎ去った後には土煙が舞い、しばらくその煙の奥に目を凝らしていると、更地になった土の上で、全身をボロボロにしながらアズラエルが膝をついているのが見えた。
次回投稿は、明日11/2(木)を予定しています!




