9-63:騎士と忍 下
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ピークォド号が破壊されてしまった。自分は人格を魔族の体に転写しているため本体が無くなっても幾分かは動くが――それでも恐らく長くはもたないだろう。
ともかく、現在は地でルーナと、天でアルジャーノンとの交戦中だ。主にアルジャーノンの相手はT3が精霊弓にて務めているが、戦果としては芳しくなかった。
「ははは! いや、君の能力は高く買っているよ……しかし、やろうと思えばこんなこともできる訳さ!」
アルジャーノンの高笑いと共に、幾重にも撃ちだされた光の矢は黒い球体の前で屈折し、空の彼方へと消えていった。宝剣ヘカトグラムと同じような力場を自身の周りに発生させ、無理やり光を屈折させているのだろう。
アルジャーノンの居る位置が高いため、この中で攻撃が届くのはT3しかいない中で――本当はゴッドイーターを当てたいが、如何せんあの速度では捕捉が難しい――精霊弓が届かないとなると、魔術神に攻撃を届かせるのが難しいのが現状だった。
「あの映像を止めなければ……皆さん、ヘイムダル最深部の破壊を……!?」
ゲンブが言葉を切ったのは、操る機械布袋戯を拡散する光線に堕とされ、人形の体が魔術神の方へと引き寄せられ始めたからだ。二人は掌を向けあい――アルジャーノンは自らの方へと引き寄せようと、ゲンブはその力に反発し、離れようと――互いに念力をぶつけ合っているようだが、本体でないが故に力で押し負けたのだろう、二つの力の拮抗は破られると同時に、人形の頭がアルジャーノンの手のひらに引き寄せられてしまった。
「船を堕としても人形を遠隔操作できるということは、やはり本体をどこか別の所に隠しているんだな……どこにあるか教えてくれないかい? 言う気はないと思うけどさ」
「えぇ、もちろん。私の諦めの悪さは、アナタもよく知っているでしょう?」
「結構!」
左手に持つ杖が光るのと同時に、アルジャーノンの右手から稲妻が走り――人形の頭は焼ききれて消滅し、残った胴体が下へと落下してきた。人形を制御するためのチップは頭部に入っていたから、もはやゲンブも人形を動かすことは出来ないだろう。
同時に、自分たちの身体を覆っていた金色の粒子は霧散してしまった。一人欠員が出たことにより、トリニティ・バーストが消滅してしまったのだ。
「ゲンブさん!」
「待て!」
胴体に走り寄ろうとするナナコに対し、T3は大きな声を出して少女の動きを止めた。
「セブンス、ここは退くぞ!」
「でも……!」
「ヤツなら無事だ! アルジャーノンの言うよう、まだ本体を別の所に隠しているからな!」
直後、ソニックブームの轟音が響き、宙に浮かぶ魔術神の方へと無数の光の筋が走った。しかし、魔術神の方も既に予期していたのだろう、再び重力波を発生させてそれらをいなし、再びヘイムダルからやや距離のある中空に陣取って、こちらに向かって魔術を撃ち始めた。
ナナコは機構剣で魔術を切りながら、自分は魔術を躱しつつティアの方へと集まるアンドロイド達を牽制しながら――レム亡き今、彼女たちは魔法を使えない――互いに距離を近づけ、そこに狙撃から戻ったT3が合流し、三人で背中を守り合うように密集する形になる。
「T3、ナナコ。お前らはヘイムダルの中心部の破壊に向かうのだ。あの映像が映っている限り、レムリアの民たちの絶望は止まらん」
「ホークウィンドさんは!?」
「そなたらが往くための時間を稼ごう」
「でも……!」
「……大丈夫だ。時間さえ稼げばすぐに離脱し、そなたらを追う」
今、ナナコには嘘をついたことになる――もはやここまでだろうから。しかし、察しの良い子だ、下手に感情を見せれば残ると言い出すだろう。だから、なるべく自信を持って――無論、自分の最後の使命を果たすということには揺るぎはないが――落ち着いた声色で語り掛けることにする。
自分の真意に気付いているであろうT3は、珍しく一瞬悲痛そうな表情を浮かべ――だがすぐにいつもの無表情に戻り、ナナコに対して諭すように語り掛ける。
「……セブンス、どの道この場に居てはじり貧だ。それならば、ホークウィンドの言うよう、誰かがヘイムダルを破壊せねば」
「うぅ……分かりました。ホークウィンドさん、必ず生きて合流するんですよ! 絶対ですからね!」
T3が精霊弓で道を切り開き、ナナコはまばらに襲い来る第五世代を迎撃しながらヘイムダルの奥へと走り出した。後は――巨大八方を握ったまま振り回しながら、再び囲まれている緑と紫色の髪の少女の元へと急ぐことにする。
「ティア、アガタ……そなたらは脱出を。レムの加護が亡き今、神聖魔法もつかえぬだろうからな」
実際の所、ティアは既に魔法を使えなくなっているようだ。アガタの方は少々妙である――彼女の鉄棒は、神聖魔法の補助があって初めて振り回せるものだと思うのだが、彼女は未だにそれを握っているのだから。
とはいえ、ゲンブが落ち、T3とナナコが離脱した今、残りの戦力でルーナとアルジャーノンの相手をするのは現実的ではない。彼女たちにもここを離脱してもらわねば――少女たちの近くへと辿り着くと、ティアが悲し気な瞳でこちらを見つめていた。
「しかし、ホークウィンド。アナタは、既に……」
「長い時と旅路の果て、復讐のためとここまで来たが……最後にそなたらと会えたことで、大切なことを思い出した。それに、まだ世界は終わってなどいない……未来に託すためこの身に残る魂の篝火を燃やし尽くそうではないか」
そう語りかけるが、ティアはまだ納得は出来ていないようだった。彼女には本体がピークォド号に保管されていたことを告げていたので、こちらの腹積もりを見抜いているのだろうが――しかし、彼女は一度ヘイムダルの鐘楼を眺めてから小さく頷き、改めてこちらへ向き直った。
「ホークウィンド……いいや、師匠……うん、ここは任せるよ」
恐らく、ティアは最後の時を迎えようとしているアラン・スミスのことを気に掛けたのだろう――本来ならば彼女のやろうとしていることは止めたいのだが、それをする権利は自分にはないか。自分が命を燃やそうとしているのと同じように、彼女もまた覚悟を決めたのだろうから。
ともかく、離脱する二人の少女が離脱できるように振り返り、襲い掛かってくる第五世代型達の迎撃に移る。とはいえ、追撃の手は意外なほど手ぬるかった。恐らくは、自分が一人になったことで勝利を確信しているのか――ルーナは相変わらず高所に構えており、こちらを二やつきながら見下ろしてきていた。
「……その身一つで、妾とアルジャーノンの二柱を相手にする気か?」
「いいや、一つではない」
声のした方へと視線を向けると、ラバースーツの優男がこちらへ近づいてきて、そして鎌を構えながら自分の隣へと並んだ。
「アズラエル……」
「どうしてかな。貴殿の何者かを護るため、その魂を賭けるといういう在り方に……どうしようもなく共感してしまったのだ」
「ふっ……そなたもまた忍なのだな」
「忍ではなく騎士だが……主君に使える武芸者という点では共通だな」
そう言いながらアズラエルは巨大な鎌を取り出し、自らの創造神である二柱に対して武器を構えた。
「だが、私は死ぬ気はないぞ!」
「うむ、その意気や良し!」
自分も騎士の隣に並び、身体に残る気と魂とを燃やし、こちらを見下ろしている二柱を見上げて構えを取った。
次回投稿は11/1(水)を予定しています!




