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9-58:夢の終わり 下

 腕が無くなった衝撃に、思わず大きな叫び声をあげてしまう。そして今度は自分の発声による振動に身体が耐えられなかったのか、袖から覗く左腕にすら亀裂が入ったのが見えた。


「……許してくれとは言わない。愛していたなんて言ったって、きっと納得もしてくれないだろうけど……僕も直ぐに同じ道を辿る」


 声に顔を上げると、少年は僅かに残る光の粒子を悲し気に見つめており――しかし首を振るといつもの顔に戻り、微笑を浮かべながらこちらを見てきた。


「まだアナタに役目はある……夢の残滓である第十代勇者。レムはアナタに、この星では自由に生きて欲しかったようだけれど……アナタ達兄妹は、何度も僕に利用される定めにあるだなんて、何とも皮肉だね」


 恐ろしく傲慢に聞こえる言葉ではあったが、不思議と自分の胸には怒りは沸いてこなかった。アイツのせいで、極地では多くの仲間を失い、今はレムを――妹を失った。星右京という男は必ず倒すという冷静な殺意こそは胸の内にあるものの、しかし同時に、この男を絶対に許せない、という感情がどうしても沸いてこないのだ。


 それは、自壊を始めた自らの肉体がもたらす心身の不和が原因かもしれない。はたまた、笑う彼が寂しげで、傲慢な言葉とは裏腹に、どこか懺悔めいた様子であることに起因しているのかもしれない。


 いや、きっとそのどちらも正しくあり、同時に正しくない。きっと、自分は知らなければならないのだ。それは――。


「もう一度聞く……右京、お前の目的はなんだ?」


 自分がこの男に対して燃えるような殺意を抱けないのは、高次元存在を望む理由が分からないからだ。シンイチという少年に宿っていた時の彼の言葉に偽りがないのなら――彼が絶対なる力を求めているとは、どうしても思えないのだ。


 彼には力がある。それは、天才的なハッキング能力であり、空間を超える力であり、卓越した知能を備えている。聖剣を振るう力であり、人の心を掴む弁舌をする力があり――その他に何を望むというのだろう?


 むしろ、彼は何も望んでいない様にすら見える。彼の持つ力のすべてが、別に彼が好き好んで得たものでなく――恐らく、単純に出来たから使っているだけ。だからおごることも無ければ、同時に力があることに歓びを見出すこともできないのだろう。彼が力を振るうのは、単に「そうすると何かと円滑だから」以外に理由は無いからだ。


 星右京は、きっと世界に対して何も望んでなどいない。だからこそ、彼が高次元存在の降臨を目論む理由が分からない。


 こちらの質問に対し、右京は俯き、諦観の表情を浮かべながら首を振った。


「それはね……遥かの昔に、一度アナタには言ったんだよ。まぁ、厳密に言えばアナタに対してではなく、アナタのオリジナルに対してだけれど」


 少年が次に顔を上げた時には人差し指を突き出し、空間に一本の線を走らせた。その指の軌跡に出来た亀裂の向こうから、アレイスター・ディックの姿が現れ――二人は一切顔を合わせず、右京は亀裂に向けて片足を踏み入れた。


「僕はモノリスのコントロールに集中する。露払いを頼むよ」

「君に利用されているようで癪だが、まぁ僕も君を利用しているつもりだからね……それに、これが君の最後の願いになることを考えれば、まぁ受けてやってもいいだろう」


 あの語り口調は間違いない、本当にアレイスターの身体にアルジャーノンの人格が入っているのだ――亀裂の向こう側に右京が消えて、アルジャーノンは魔術杖のレバーを引くと、彼の足元に魔法陣が生成された。そして陣が光ると同時に、男の身体は重力を無視したように浮きはじめ、ゲンブ達が居るほうへと飛翔していった。


 向こうにはルーナと多くの第五世代型がおり、そこにアルジャーノンまで合流したらかなり不利な展開を強いられるだろう――そう思って奥歯を噛もうとした瞬間、『止めろアラン』とべスターの待ったがかかった。


『だが、このままでは仲間が……!』

『諦めろと言っているわけじゃない。ただ、次が最後だ……お前が音速の壁を超えられるのは、あと一度が限度。その時を見極めなければならない。辛いだろうが、今は耐える時だ』


 確かに、後一度ADAMsを起動すればこの体は限界を迎えてしまうだろうという感覚はある。とはいえ、どこが切りどころになるかなど想像も出来ない――自分の判断が遅れれば、それだけ仲間を危機にさらすことになるかもしれないのだ。


 ともかく、鞄から劇薬を一本取り出し――これが最後の一本であり、もはや気休めにしかならないが――蓋を開けて飲み干す。いつも感じていた舌への刺激を感じることも出来なくなっていたが、身体の崩壊が少し緩和されたような気がする。


 そして改めて視線を下へと向けると、空中から放たれた複雑な色の光がピークォド号に浴びせられているのが見えた。アレは、王都で龍たちを薙ぎ払ったアルジャーノンの魔術、それを圧縮し、範囲を狭めながら威力を増強させているようで――ピークォド号もバリアを貼って対抗しているが、その障壁も一枚、また一枚と割られていき、最終的にはブリッジを含めて多くの部分が損壊してしまったようだった。


 幸か不幸か、仲間の大半は外に出ていたから、まだ無事のようだった。船の中にはアシモフが残っていたはずだが――そう思っていると、膝をつく自分の近くにリーゼロッテが降り立った。

次回投稿は明日10/26(木)を予定しています!

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