9-48:始まりの依頼に対する回答 中
「分かりました……私はレム。この星の始まりにして、海のモノリスを統べる者。すでに伊藤晴子としての自我を喪失した私は……人としての願望を失ったAIである私は、己で善悪を判断することが出来ませんでした。
ですが今、一つの答えを得ました。アラン・スミス、アナタの意見が絶対的に正しいとは言いません。ですが同時に……晴子が誰よりも信頼したアナタの出した答えなら、私は自信を持ってそれに準じることが出来ます」
レムはそこで言葉を切り、右京の方に向けて右手をかざした。すると、光の輪のようなものが右京の腰の辺りに現れ――そして一気に収縮し、彼の身体を腕ごと締め付けたようだった。
対する右京は、その光の輪の締め付ける力が強いせいか、一瞬苦痛に表情を歪めた。JaUNTを使えば抜け出せそうだが、それをしないということは――同時にレムが切り札として出したということは――あの輪には瞬間移動を封じる機能が備わっているのだろう。
「……細工は流々というわけかい」
「えぇ……JaUNTを使用するには、精神の集中が必須になる。その輪は高速術式であると同時に脳波に干渉し、精神集中を妨げる効果がある。
私は三千年の間、ずっとこの可能性を検討し続けていました。確かにアナタは私の権利者ですが……同時に惑星レムが誇る量子コンピューターが紡ぐプロテクトと魔術演算、天才ハッカーである星右京とて、簡単に敗れるとは思わないで」
右京とレムは、無表情のまま互いに見つめ合っている。自分からしてみれば、一万年にも及ぶ二人の関係性など推して知ることなど不可能だが――なんとなく、互いが互いに対して単純らしからぬ感情があることだけは、その重々しい雰囲気から察することはできた。
「レム、そいつは俺がやる」
その肉の器が彼女の血族の肉体と言うのは分かっている。それを斬るというのは、どれだけ残虐な行いなのかも理解しているつもりだ。
しかし、きっと母が我が子を手に掛けるよりはマシに思うし――何より、ソフィアの記憶を一度は改竄し、同時に命まで奪う手引きをしたこの男は、自分がケリを付けなければ気が済まない。
短剣を握りながら一歩足を進めると、右京はもがくのを止めて、またいつものようにシニカルに笑った。
「ふぅ……アナタが僕を許せないというのは理解できるけれど、同時に晴子だってアナタに結構な仕打ちをしているんだよ?」
話など聞く気はない――更に歩みを進めるが、右京はお構いなしに話を続ける。
「晴子が先輩にしたことはこうだ。アナタが海岸に打ち付けられる前、セントセレス号が海難事故にあった。晴子はその事故で海に投げ捨てられた屍に、アナタのオリジナルから抽出したDNAを植え付けて、再生させ……そして、自然治癒の魔法で無理やり滅びゆく肉体を存続させているんだ。
アナタの素体は……ゴードンから報告は受けているだろう?」
右京がそこまで一気に話し終えると、レムは悲痛そうな表情を浮かべ、こちらに向かって「少し待ってください」と切り出した。
「そう、右京の言う通り。セントセレス号が難破した時、私は一つの決断をしました。海の中であれば私の領域……他の七柱たちに気とられず、アラン・スミスを蘇らすことが出来る。
同時に、仮にチェン・ジュンダーの暗躍が本当であるとするならば、これがきっと最後のチャンスになると……我々の過ちを是正できる唯一無二のチャンスだと思ったのです。
だから私は、体格の近いジャド・リッチーを素体として、アナタを蘇らせました。アナタに本来の記憶を与えず旧世界の知識のみを与えたのは、公平な目線でこの世界を見て欲しかったから……再生能力は、死骸である素体を無理やり生かすためでした」
「公平な目線で見て欲しいというのは違うだろう? 先輩を蘇らせた時点で、こうなるなんて目に見えていたんだからさ。つまり君は恣意的に答えを操作したんだよ……最初から、僕と敵対する腹積もりでいたんだ」
「それは否定しません。私は、この星の海と溶け合った時……薄れゆく自我がモノリスと融合し、DAPAの持つ全てのデータベースに……星右京のみが知る情報にもアクセスできるようになったとき、原初の虎の真実を知りました。
事故で死んだと思っていた兄は、オリジナルである伊藤晴子の知らないところでずっと戦っていた。それも、私の医療費を稼ぐために……それになのに、私は右京の口車に乗せられて、兄が敵対していた組織に身をやつし……」
話を続けていくと、レムは段々と俯いていき――しかし、首を振って顔を上げた時には、決意を秘めた表情に切り替わっていた。
「いいえ、そんなことはもはや良いのです。ただ、私は……自分がしでかしてしまったことを、兄に裁定してほしかったのです。きっと私は……お前たちは間違えていると言って欲しかった……」
そこで一度言葉を切ると、レムはこちらをそのダークブラウンの瞳で見つめてくる。
「そして、アナタは私の欲しかった答えをくれました。繰り返しですが、アナタに戦ってほしかったわけではないのは本当です。アナタから答えを得た後は、第六世代達に知られることなく、チェンとアシモフ、キーツらと共にことを済ませるつもりでいたのです。
生前に過酷な運命の元に亡くなったアナタには、この世界で自由気ままに生きていて欲しかったのですけれど……やはりアナタはいつだって災難に飛び込んでくるんですね、兄さん」
そう言って微笑む彼女を見た瞬間、なつかしさが一気にこみあげてきた。兄さんという呼び方がしっくり来た、というのが正しいかもしれない。以前にナナコにも冗談で兄と呼ばれたことがあったが、その時に違和感があったのもこのせいだろう――自分は妹に兄さんと呼ばれていたのだから。
同時に、改めてレムに対する親しみが沸いてきた。客観的に見れば右京の言うよう、死骸を素体にクローンを作るというのもぶっとんだ倫理観であるとも思うし、レムはある意味では死者を――自分とジャド・リッチーを――冒涜したとも言えなくもない。
しかし、一万年という時を経てなお、モノリスとかいう人智で解明しきらない装置と融合してなお、困った時に兄を頼るというのも、可愛げのある話ではないか。リッチーには申し訳ないかもしれないが、今しばらくこの体を使わせてもらうことにしよう。
何より、右京はレムが自分にひどい仕打ちをしたと言うが――。




