2-10:簡易調査 下
結局、その日はなんの成果も得られないままに宿に戻ることになった。すでに時刻は夜の九時、今は大部屋に一同集まっている形だ。
「……しかし、昼のアレは驚いたな」
「うん? 昼のアレ?」
ベッドの上でカップを持ったまま、ソフィアが首を傾げた。
「いや、地面から生えてくるとか、ソフィアがあんな冗談を言うなんて予想外というか」
「……うん、アレね。冗談じゃないんだよ。レヴァルの街が、今のような形になったのは、第三回の魔王討伐の時から……城塞が完成するまでは、魔族や魔獣の侵攻は、今より厳しかったと言われてるの。だから、退路や補給路の確保が必要だったんだよ」
「うん……? 意図が分からないんだが……」
言いたいことが分からずに聞き返すと、少女が答える前にエルが身を乗り出した。
「……地下通路?」
「うん、エルさん。このレヴァルには、使われなくなった広大な地下通路があるはずなんだ。そしてそれは、完成当時はちょうど、城塞の外まで繋がるように設計されていたと思う」
そこまで言って、ソフィアがこちらを振り向き、小さな声で続ける。
「アランさん、今日お外で、街の中の人が実行犯なんじゃないかって言おうとしたよね? アレを止めたのは、どこで聞かれているか分からないから……最悪の場合、教会や軍の中に、内通者がいる可能性も考えないといけないから」
なるほど、それならあの時のソフィアの態度も納得だ。しかし、内通者か――自分はレヴァルに来たばかりだし、人もあまり知らないが、一応知っている範囲で色々と考えてみるが――。
「……なぁ、自分で言うべきじゃないとも思うんだがな。内通者と言えば、俺はかなり怪しくないか?」
唐突に、記憶喪失と言いながらレヴァルに現れた自分。もちろん記憶喪失は本当だし、心当たりも全くないのだが、傍から見ればかなり怪しいのは間違いない。こちらの言ったことがあまりにも妙に的を射ていたせいか、エルなど飲みかけていたコーヒーでむせそうになっている。
対して、ソフィアは小さく首を振った。
「うぅん。アランさんは怪しくないよ。間者としてレヴァルに入り込むのに、わざわざ記憶喪失のふりをする必要がないし、街の結界が弱まった時に、アランさんとエルさん、それにクラウさんはハイデルの詰所に泊っていたはず。それに、もしあの龍を送り込む気だったのなら……」
「……まぁ、討伐に協力することはないわな。あんなデカい奴、逃げる振りして放置したって、違和感も持たれない」
「だから、ここにいる三人は、みんな大丈夫と思って話してる。ともかく、地下通路を使って堀のすぐ近く、城壁の根元に出られれば、見張りにバレずに結界を弱めることは可能なはず。
今、軍で信頼できる人に、地下通路の地図を探してもらってるから。それが入手出来たら地下を調査してみよう。もちろん、地下通路を使ったって可能性があるだけで、他の可能性もあるし、仮に犯人が使ってたとしても、もうもぬけの殻かもしれないけれど……」
「いや、確かにソフィアの言う地下通路を使っている可能性はありそうだな。ともかく、地図が手に入ったら行ってみよう。そこに手がかりが無かったら、また別の所を探せばいいさ」
「うん! アランさん、エルさん、頑張ろうね」
少女にエルと二人で頷き返した直後、後ろの机の方から「できたー!」という声が聞こえた。先ほどから何やらガチャガチャと音がしていたが、その音の正体はクラウで、何やら調合をしていたようだった。
「うぉ、夜に大きい声を出すなよ」
「あぁ、ごめんなさい。それでアラン君、ちょっと来てください」
手招きされて机の方へと移動する――すでに机の上はフラスコやらハサミやら、クラウが持ってきた道具でいっぱいになっている。近づくと、薬品の刺激臭が鼻をツンと刺し、こちらはまず、話を聞く前にベランダへの出窓を開け、改めてクラウのほうへと近づいた。
「それで、何が出来たっていうんだ?」
「ふっふー。アラン君のために特別に作ったんですよ? 感謝してください……まずはこれです」
言いながら、クラウは右手に一つの小瓶をつまんでいる。瓶自体の色が深い茶色で中身は不明だが、なぜかラベルに髑髏マークが書かれているせいで、禍々しいものだとは一発で分かった。
「えぇっと……毒薬?」
「はい、そうです。アラン君、武器が短刀とか投げナイフじゃないですか。その攻撃力の低さを、これで補おうってことですね」
「うわっ……なんかセコイというか、エグいと言うか……」
口には出さないが、こんなものを作っていたら教会追放もやむなしな気もする。というか、ますます自分の暗殺者ムーブに拍車がかかってしまうのも嫌なのだが――クラウはこちらの反応の悪さに、ちっちと指を振って応える。
「甘いこと言ってらんないですよ? 何が相手になるとも限らんのですから」
「まぁ、確かにな……これは、短剣に塗って使えばいいのか?」
クラウから小瓶を受け取って、改めて目線の高さに瓶を持ってみる。
「はい、その想定です。一滴でオーク程度なら一瞬で麻痺して、数分後には死に至る程度の毒ですので、投げたりする前に先端にちょこっと漬ければOKです」
そう言われた瞬間、目の前にある瓶の禍々しさが更に上がった。毒薬から目線を逸らすと、もう一つ、今度は緑の小瓶が差し出されていた。
「一応、その毒の解毒剤も。誤って触れてしまったら、患部にこれを垂らしてください、中和できますから」
「あぁ、サンキューな」
「次にこれ、聖水です。こちら、私の祈り純度百パーセントのご利益のある一品ですよ!」
「お前の祈り百パーセントって、めっちゃ雑念が入ってそうだけどな」
「つーん。いいから受け取ってください。アンデット相手とかに特攻入りますから」
唇を尖らせながら、クラウは青色の瓶を差し出してきた。しかし、これは毒薬に比べれば安心感もあるし、ありがたく受け取ることにする。
「あぁ、ありがとう。これも塗って使えばいいか?」
「投擲なら、ですかね。近距離なら、そのまま掛けても効果はあるはずですよ」
「了解だ。ちなみに、タダでもらっていいのか?」
「うーん、そうですねぇ……今回は押し付けた形ですし、タダでいいですよ。もし今後作って欲しい物とかありましたら、それは材料費と手間賃はいただきたいです」
「分かった。それじゃあ、これらはひとまずありがたく使わせもらうよ」
そう言いながら、ひとまずポケットに受け取った瓶を忍ばせる。一応、毒薬など敵の攻撃を受けて割れたマズいし、専用の箱とか用意したほうがいいかもしれない。
ともかく、最初こそとんでもないものを渡された気になったが、彼女なりに自分を気遣ってくれた訳だし、ここは素直に彼女を賞賛することにする。
「でも凄いな。神聖魔法に体術、それに調合まで」
「ふっふーん、今更気付きましたか? 私の凄さに!」
「あぁ、素直に凄いと思う」
「なっ……!? な、なんだかアラン君にそう素直に褒められる、調子が狂いますねぇ……」
普段通り、ぞんざいな感じの突っ込みが入ると予想していたせいだろう、クラウはこちらの素直な賞賛がむずがゆいのか、頬をかいて照れているようだった。なるほど、押してダメなら引いてみろ、いやクラウの場合は引いて駄目なら押してみろだったのかもしれない。
「んーむむむ……! その、弱点見つけた、みたいな顔を止めてください!」
「あはは、悪い悪い。でも、気を使ってくれてありがとうな」
「まったく……はい、存分に使ってくださいね。もったいぶるだけ、命の危険はあると思ってください。使ったものは、また揃えればいいだけですから」
最後のほうは、クラウも真剣な表情になっていた。彼女の言っていることは恐らく正しい――ソフィアもそうだったが、強い者は出しどころを惜しまない。同時に、切り札も持っている。これが強さの秘訣なのだろう。
「エルさんもソフィアちゃんも、何か入用でしたら相談してみてください。機械系はまだ苦手ですけど、薬剤系は色々作れると思うので」
二人が頷いたのを見て話もひと段落、時計を見れば良い時間になってきている。あんまり夜分遅くまで男の自分が居ると、彼女らが寝る準備に入れないだろう。
「さて、それじゃあ俺はそろそろ退散するよ」
「はい、アランさん。また明日!」
ソフィアの笑顔に見送られて、大部屋を後にする。自分の部屋は四階の大部屋の隣なので、移動も楽ちんだ。
さて、寝る準備も一通り終わり、壁に掛けられている時計を見ると午後十一時になっていた。寝るにはまだ少し早いが、特にやることもない、いつ体力を使うかも分からないのだし、さっさと布団に入ることにするか。机の上の灯りを消すと、光源は窓から差し込む月明かりのみになる。
布団に入って目を閉じるが、今日はそんなに動くこともなかったので眠くならない――いや、クラウに重い荷物を持たされたが。考えてみれば、調合した薬は、そのちょっとした彼女なりのお礼だったのかもしれない。
しかしなかなか眠れず、ベッドからゆっくり起き上がり、少し窓の側に椅子を置いて外を眺める――四階のここからなら街がある程度は見渡せる。とは言っても、辺りは暗く、近隣の屋根が黒く並んでいるのが見えるだけなのだが。
どれほど外を眺めていたか。なんとなくボーっと眺めていただけなのだが、気が付けば午前零時を三十分ほど超えていた。隣の部屋からの灯りが無いのを見るに、すでに全員寝たのだろう、少しボーっとしてたおかげか眠気も出てきた。
さて、今度こそ寝るか――そう思ってベッドに入った矢先、違和感を耳が感じ取った。何か、羽ばたいるような音――それが、殺気とともにこちらに向かってきている。
俺はベッドから跳ね上がり、武器の仕込んである外套を着こんで部屋から飛び出した。
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