9-45:星の神と原初の虎 上
着地と同時に声のしたほうを見ると、右京はやはり微笑みを浮かべながらゆっくりと手をたたき――そしてそれを終えると、ため息交じりに首を振り始めた。
「アナタの動きを見て確信したよ。やはり。力ではアナタを倒すことは出来ないと。アナタ自身の能力も卓越したものがあるけれど、それ以上に……やはりクラークの言うように、アナタには高次元存在の導きがあるに違いない」
「そんなことは記憶はないね。俺は、俺の意志で……」
「いいや、先ほどの動きは完全に攻撃の軌道を読んでいた。それも、目に見えない全方位からの攻撃だ。それを人間の脳で思考しながら避けるなんて、いかに優れた戦闘センスがあると言えども、本来は不可能なはずなんだ。
ともなれば、答えは一つ……アナタは予め、攻撃の軌道を知ってるんだよ。いや、知らされていると言った方が正しいかな……要するに、アナタは生かされているんだよ。高次元存在にね。
エディ・べスターがアナタにADAMsを授けたのは、全くの僥倖だったと言って良いだろう。アナタの未来予知とその高速機動とが、絶妙なまでに噛み合っていたのだから」
右京の言うことに対しては、全く心当たりが無い訳ではなかった。時おり、気配を察することも出来ないような場合でも――例えば密閉された空間の奥が分かるとか、妙な胸騒ぎが起こった時は実際に悪いことが起こるとか――状況を何となく把握することは出来るのだ。
しかし同時に、右京の言葉に納得できない部分もあるのも確かだ。
「俺に未来予知なんかあるものか。もし、完全に未来が読めているのなら……」
「誰も失わずに、全てを救うことが出来る、かな?」
こちらの思考を完全に読まれ、思わず二の句を継げなくなってしまった。右京の言う通り――もし高次元存在が自分に未来予知の能力を与えており、未来が見えるというのなら、七柱によって未来を奪われた少女たちを護ることができたはずなのだ。
しかし、実際はどうだ? エルは右京に攫われて、スザクは激戦の後に右京に殺され、ソフィアとクラウは自分を逃がすためにその魂を捧げた。この世界に降り立って、自分がもっとも護りたかったものを、自分は護りとおすことが出来なかったのだ。
改めて彼女たちを失ったという事実に心を乱され、拳を強く握りしめて気を鎮めようとする――そんなこちらを見かねてか、右京は悲し気に瞳を伏せて、また首を小さく横に振った。
「それはね、アナタの傲慢だよ、先輩……アナタがどれだけ速く走ろうとも、世界の裏側の悲劇を止めることは出来ないんだ……アナタの身体は一つしかないんだから」
右京はそう言いながら自分の方を指さした。実際の所、コイツの言う通りだ――自分がなんでも出来るなんて言うのは傲慢であるに違いない。
我ながら意外であったのは、敵である右京に哀れみの言葉をぶつけられても怒りが沸かなかった点だろうか。コイツの言ったことは間違いなく正論であり、言語化できていなかったこちらの欠点を的確に表現してくれたおかげで、むしろ少し思考が整理されたまである。
もちろん、この男を見逃すつもりはないが――同時に不思議な感覚ではあった。ここでケリを付けるという意識に変わりはないのだが、それでも自分は右京を見たら、もっと逆上するのではないかと思っていたのだ。
しかし実際に対峙して湧き出てくる感情は怒りではなかった。この感情を上手く表現することは難しいが――強いてを言えば無感情に近い。より正確に言えば、この男の目的が見えない分、それを知りたいと思うが故、幾分か冷静になっている、というのが近いか。
「ともかく、互いに無駄な暴力は止めないかい? 僕の攻撃はアナタに届かないし……対して僕はJaUNTを使って安全圏に逃げ続ければいい。何なら、この場から退散したっていいんだ」
「いいや、テメェはここから退散するわけにはいかねぇはずだ。ここを制圧できれば黄金病の進行を抑えることが出来る……そうなれば、高次元存在を降ろすことは出来なくなるんだからな」
「ふふ、そうだね……むしろ、僕がここを離れるのは先輩が困るんだろう?」
右京の言葉は図星だった。右京がここに居るということは、それだけ他のメンバーの負担を抑えられることに他ならないからだ。瞬間移動を使うコイツが自由になれば、仲間たちは死角からの攻撃に対応できないだろう。
むしろ、右京がこの場に居ることは僥倖だと言って良い。どの道、黄金病の進行を止めるにはアシモフの演説が必要――自分の目的はあくまでもこの場の制圧であって、今右京を倒したとしても、直ちにこちらの目的が達成されるわけではないのだから。




