9-44:JaUNT vs ADAMs 下
『レムはシンイチに右京が宿っていることに気付いていたのだろう? だから、アガタ・ペトラルカをシンイチのお付につけた』
『……何が言いたい?』
『アシモフが語っていたな。レムの管理者はアルファルドであると』
『あぁ、そうだな……お前、レムの正体に心当たりがあるのか?』
『あまり楽しくない仮説だ。当たっていて欲しいと思わないくらいだが……レムの正体も、同時にシンイチという少年の実態も、何となくだが察しがつく』
なるほど、べスターの言いたいことの半分は分かった。右京は何かと様々な管理をしているようだが、他の七柱に優先してスーパーコンピューターであるレムを管理しているとなれば、両者の関係性は恐らく深いものだ。そこから察するに、恐らくシンイチという少年は、レムの人格の主と右京の息子なのだろうと。
しかし、それだけならもったいぶらずに言えばいいだけだ。恐らく、べスターの仮説の中に、慎重に言葉を選ばざるを得ない理由が――それも、自分に伝える上で慎重にならざるを得ない理由があるのだろうと推察される。
同時に、べスターはレムの正体も分かったと――ここが自分がまだ分かっていない半分で、べスターが当たっていて欲しくないと思った理由もここにあるのだろうが。
だが、べスターの次の言葉を聞いている暇はなかった。既に自分の足は空中要塞の最深部にまで到達しており――そこは扉もなく拓けた場所であり、中央に巨大な柱状の機械が鎮座していた。
最初、その空間には間違いなく何者の気配もなかった――しかし、自分が歩みを進めて機械に近づくと、突如として背後に覚えのある気配が現れた。
殺気はない。仮に攻撃されたとしても対応は不可能ではなかったとは思うが、そもそも向こうに攻撃の意志は無いのだろう。自分はクラウの薬の残り二本の内、一本を鞄から取り出し、中身を飲み干し――空になった瓶を投げ捨てながらゆっくりと振り返ると、空間を支える柱の後ろから一人の少年が姿を現した。
「やぁ、先輩」
「シンイチ……いや、右京……」
茶色掛かった黒い髪に、中肉中背といった風貌――その姿は、棺の中で横たわっていた少年にそっくりだった。強いてを言えば、身に纏っている衣服が冒険者風の物でなく、未来的なスーツというのが異なる点だ。
右京と呼ばれた少年は、相変わらず掴みどころのない涼し気な微笑みを浮かべてこちらを見ており――しかしこちらが警戒を解かないのを察してか、嘆息を一つ、残念気に首を振った。
「話すことは何もない、って雰囲気だね」
「知りたいことは山ほどあるが、後からレムに聞けばいいからな……!」
それだけ言い捨てて、自分は奥歯を噛んで走り出す。変身は無しで――右京を侮っているからではない、しかしレッドタイガーを使い切れば、恐らく控えているであろうアイツの対処が出来なくなるから――音速の壁を越えながらベルトから虎の爪を取り出し、少年の首を目掛けて右腕を振り抜いた。
だが、手ごたえのないまま拳は宙を切る。こちらが攻撃を繰り出す刹那、右京の体の周りに金色の粒子が現れ――加速を切って気配が現れた方へと振り向くと、空間に現れた亀裂から右京が姿を表していた。
「何故、我々七柱には本体があるにも関わらず、肉の器に人格を転写するのか……もちろん、理由は色々ある。とくにアルジャーノンやルーナ、ヴァルカンなど、時の為政者として世俗に関りを持つ場合は、第六世代型アンドロイドと同じ規格の方が社会に馴染みやすいからね。
理由はそれだけじゃない。有事の際に本体から器に指令を送る場合、電波による指令と言えども、月からのコントロールではどうしてもラグが起きる……そのラグを無くすため、本体の思考と並立させながら、肉の器に人格を転写しているのさ」
そのせいで、器が脳死した場合は修復に時間が掛かるのだけれど――右京はそう付け足した。
「ただ、この器には人格の転写ではなく、本物の星右京の脳が埋め込まれている……JaUNTはクラークが、そして星右京が得た能力だからね。もちろん、防衛プログラムも起動しているから、単純に捕まることもないと思うけれど」
「つまり、その防衛プログラムとやらを突破して、その首を落とせば全部終わりってことだな!」
側頭部を叩く少年に焦点を定めて再度奥歯を噛むと、今度はADAMsを起動したのと同時に少年の姿が消え――すぐに次に現れる場所の気配を手繰る。しかし、現れた気配は一つではなく、それも様々な方向からだ。
何が起こっているのか、それに関しては何となくだが身体が覚えていた。まずは身を翻し、背後の銃口から射出されたビームを躱す。そのビームは室内に設置されているリフレクターにより、角度を変えて反射を続ける。
光線一本だけならそこまで脅威でもないが、その数は段々と増えていき、室内にはどんどん逃げ場が無くなっていく――音速で動けると言っても、光速で動くビームを相手が相手では見てから躱すことなどできない。
要するに、予め軌道を読んでおく必要がある。室内に設置されているリフレクターの位置を直感で把握し、撃ちだされた位置から反射角を感じ、僅かに残る隙間を縫って移動を続ける。
そして、乱反射していた光線は、最終的に安全圏だった一点に向けて一斉に降り注いでくる――右京はこの一点にこちらを誘導していたのだ。
しかし、誘導されていること自体には気付いていたし、向こうの行動も読んでいる。床に収束する光線を躱すために飛び上がり、同時に虚空に向けてEMPナイフを投擲する。その短剣はちょうど現れた銃口に刺さり、右京はすぐにブラスターを放り投げて再び瞬間移動で退避した。
「流石だね、先輩。クラークをその身一つで倒したんだ、これくらいは朝飯前か」
空中で加速を切ると同時に、金属製の床が焼ききられる音、ブラスターが爆発する音がほぼ同時に起こり、次いで右京の声が聞こえ始めた。
今回は1日分での投稿分を2日に分けたので、次回投稿は明日10/11(水)にします!




