9-37:キーツの無敵艦隊 下
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T3を見送ってからブリッジへ戻ると、ガラスの向こう側で銀の流線が動き回っているのが視界に入る。そして、そこから伸びる光の矢の先で、幾つもの花火が上がっていた。
「これで、ひとまず戦闘機からのダメージは軽減できますね。しかし、まだ戦艦に搭載されている主砲をどうするか……」
「そこに関しては、策がありますよ……ちょうど戻ってきてくれました」
アシモフと会話をしていたゲンブが、戻ってきた自分の方へと首を回してくる。
「セブンス、甲板へ出る準備を」
「ミストルテインで主砲を相殺しようってことですね?」
「えぇ、その通りです。敵が主砲を再装填している間に、一気に加速してその横を抜けてヘイムダルに接近します。こちらが防衛網の内側に入れば、無敵艦隊も攻撃が出来なくなるはずですから」
「了解です! T3さんが頑張ってるんです……私にお任せください!」
ゲンブに対して敬礼を返し、自分の席の横に立てかけてあるミストルテインの柄を握る。そのタイミングで、アランの 「おい、あんまりナナコに無茶は……」という声が耳に入った。
「そうは言っても、他に方法はありません……無駄口を叩いている暇があったら、砲撃に集中してください」
「あぁ、くそっ……そうかよ!」
アランは彼の目の前にあるモニターなど見ず、代わりにブリッジのガラスの外にある空を注視している。レーダーに敵機が映らないから目視しているのだろうが――そしてタイミングを見計らったかのようにボタンを押すと、ガラスの向こう側でまた一つ花火が上がった。射撃は慣れない等と言いつつも、的確に敵機をレーダー無しで補足して落としているのだから、あの人も大概だと思う。
そんな彼を眺めていると、再びゲンブの方から「セブンス」と名を呼ばれて、自分は人形の方へと向き直った。
「今回はアンカーで必ず身体を固定してください。主砲を相殺してからは、全速力で加速をします……一応、援護はあった方が良いでしょう。ホークウィンド、アガタ」
「うむ、任せるがいい」
「一応、補助魔法があるに越したことはありませんものね」
ホークウィンドとアガタが自分の背後から付いて来てくれ、三人で艦内のエレベーターに乗って甲板へと移動する。空高い位置にいるせいだろう、艦の外は先日の極地並みに寒く、冷たい空気が自分の頬にあたるが――すくんでいる暇なんてない。そう思いながら甲板の先頭部分、ブリッジのちょうど上に陣取ることにした。
『セブンス、聞こえていますか……すぐにミストルテインの起動を。発射のタイミングは、追って知らせます』
「えぇっと、全力で問題ありませんか?」
『えぇ、全力で問題ありません。五機の主砲を相殺するには、それだけのエネルギーが必要です』
「分かりました!」
剣を構えるのと同時に、身体に一層力を込める――身体を淡い光が包んでくれいるのを見るに、アガタが補助魔法を掛けてくれたのだろう。そしてすぐさまアンカーを射出し、甲板の装甲を抉ってこの身を固定した。
「ソードライン誤差修正……って、正面で大丈夫でしょうか!?」
『えぇ、正面で問題ありません……熱源反応確認、十秒後に来ますよ!』
そう言われて、改めて空の先を注視する。雲に隠れているせいだろう、まだ肉眼では何も見えないのだが、確かに――正面からこちらへ敵意が向いているのを感じ取ることは出来た。
ピークォド号の前進速度が下がり――恐らく、着弾点をずらそうとしているのだろう。そして自分は虚空のある一点を見据え、そこに魔剣の一撃を差し込めるように両腕を引く――既にエネルギーはいつでも解放できる。目掛けるは――全ての敵意が交錯するその一点。
「いくよ、ミストルテイン! 御舟流奥義、専心一点稲妻突き!!」
突き出した剣の先端から、紫紺のエネルギーが照射される。同時に、眼前の雲が晴れ、扇状に五本の巨大な光がこちらへ向かって接近してくるのが見えた。そして五本の線が交わる一点を目掛けて魔剣の一撃がぶつかり――直後、力のぶつかり合った点を中心にして球体の強大な衝撃波が発生した。
アンカーで身体を固定していたおかげで吹き飛ばされこそしなかったものの、身体は後方へと吹き飛ばされて、同時に四肢を激しく締め付けられてしまう。このままでは、身体が引きちぎられてしまうかも――。
「……セブンス!」
後方から自分の名を呼ぶ声が聞こえたのと同時に、四本の苦無が鎖を断ち切り――そして身体が吹き飛ばされる前に後ろから巨大な腕に抱きしめられて、そのまま自分の体は艦内へと戻っていた。
しばらく艦内は激しく揺れ――そして落ち着いたかと思うと、今度は一気に前進を始めたのだろう、加速の慣性が働いた。アガタは壁に手を当てて踏ん張っており、自分は抱きかかえてくれているホークウィンドのおかげで吹き飛ばされずに済んだ。
「ホークウィンドさん、ありがとうございます!」
「いや、礼を言うのはこちらの方だ。そなたが主砲を相殺しなければ、我々は空という大海の藻屑と化していただろうからな」
加速が終わると、アガタがすぐさまこちらへ来て、屈みこんで自分の腕――鎖で締め付けられていた場所に手をかざした。
「酷い痣です。骨は……大丈夫のようですわね」
回復魔法のおかげで皮膚は元通りになり、筋肉にあった痛みも引いてきた。アガタは丁寧に、自分の四肢を回復してくれ――治療が終わったのと同時に、壁のスピーカーからゲンブの声が聞こえ始めた。
『三人とも、お疲れ様です……安全圏への侵入に成功しました。セブンスは一度、下層へ来てください、モノリスから放出したエネルギーの充填をしましょう』
「はい! ただ、私はあの部屋に入れませんが……」
『私も一緒に行きますので大丈夫です。とはいえ、ミストルテインのエネルギーを空になるまで使った訳ですから、充填には少し時間が掛かるでしょう。
ホークウィンドとアガタは戦闘に備えてください。ヘイムダルに着艦するのと同時に、アンドロイド達からの攻撃が予想されますから』
「あぁ、分かった」
三人でエレベーターに乗り、一階に降りた所でホークウィンドとアガタを見送り、自分は更に一階分下へと移動する。そして封印されている扉の前に着いたタイミングで重大なことを思い出した。
「あ、そうだ! T3さんは大丈夫でしょうか!?」
誰に言うわけでもなくそう叫ぶと、ちょうど降りてきたのだろう、背後から「彼なら大丈夫ですよ」という声が聞こえる。
「彼を乗せている偵察機は依然無事です。イスラーフィールと共に露払いをしてくれていますから……ヘイムダルで合流出来るでしょう」
「ほっ……それなら良かったです!」
「とはいえ、見事にトリニティ・バーストが使える面々は分断されてしまいましたね……まさか、これを狙っていたとは思いたくはないですが……」
そのままゲンブは自分の隣を通り過ぎ、モノリスが収められている部屋の扉の隣にある機材を操作し始めたのだった。
次回投稿は10/3(火)を予定しています!




